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インフルエンザ万能ワクチンの可能性を考える [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
Science インフルエンザ論文.jpg
今年の8月のScience誌に掲載された、
インフルエンザウイルスの、
新しい知見についての論文です。

インフルエンザウイルスには、
多くの型があり、
ある型に感染した直後にも、
また別の型には感染し、
1年のうちに二度三度と、
何度もインフルエンザに感染する人が、
稀ではないことは、
皆さんもよくご存知の通りです。

また、2年前の新型インフルエンザ騒動や、
鳥インフルエンザ騒動でも分かるように、
それまでには見られなかった新しい型のインフルエンザが、
突如として出現し、
それに対しての免疫を持たない人間に、
恐るべき脅威を与えるのも、
記憶に新しいことです。

今あるワクチンは有効な予防法ではありますが、
そうした新型のインフルエンザの出現時には、
それに特化したワクチンの製造までに時間が掛かるため、
どうしてもすぐには間に合わない、
という欠点があります。

インフルエンザの抗ウイルス剤は、
そうした新型インフルエンザにも有効ですが、
抗生物質のように、
ウイルスの耐性化という問題が生じ、
乱用すると効かないタイプのウイルスへの変異が起こる、
というイタチゴッコが生じます。

ただ、2年前の新型インフルエンザの流行時には、
当初震え慄いたほどのパンデミックは起こらず、
何らかの過去の免疫の存在が示唆されました。

また、インフルエンザに1年で3回罹った、
というような人がいる一方で、
生まれてからこのかた、
大人になるまで一度も罹ったことはない、
と豪語されるような方もいて、
それは一度も…というのは誇張にしても、
確かに罹り難い人がいることも、
どうも事実ではないかと思われます。

インフルエンザに対する人間の免疫には、
こうした不思議な点があります。

ワクチンの効果は概ね半年程度しか持続しませんが、
実際に感染が起こると、
2年くらいはその免疫は持続します。
通常は同じ型のインフルエンザにも、
それ以降は感染するのですが、
どうも感染し難い人もいる…
つまり、インフルエンザによって身体に作られる免疫には、
その型特有のものと、
インフルエンザ全体をカバーしているものとの、
2通りがあるように思われるのです。

こちらをご覧下さい。
インフルエンザウイルスHAの分類図.jpg
インフルエンザウイルスには、
人間に感染するタイプとして、
大きくはA型とB型とが存在します。

このうちA型のウイルスに表面には、
微妙にその形態を変化させる突起があって、
その部分が人間の身体の粘膜にくっついて、
そこから感染が始まります。

これが赤血球凝集素(HA)で、
これには現在知られているだけで、
16種類のタイプがあります。
そのタイプを系統的に示した図がこれです。

赤い部分をグループ1、
青い部分をグループ2と呼んでいます。

2年前の新型インフルエンザはH1N1 というタイプなので、
グループ1に属し、
A香港型と言われるのはH3N2 というタイプなので、
グループ2に属しています。

上記の論文で試みられたことは、
人間の身体において、
インフルエンザウイルスの感染が起こると、
特定の型に対する抗体ばかりではなく、
どんなインフルエンザウイルスにも共通に反応する抗体が、
作られるのではないかという仮説のもとに、
その「共通抗体」を徹底的に探索し、
その構造とその作用部位を検証したのです。

では次をご覧下さい。
インフルウイルスのF16 模式図.jpg
この図は上記の論文の内容を、
模式的に示したものです。

インフルエンザウイルスに感染したか、
インフルエンザワクチンを接種して、
型に拠らない強い免疫反応が示唆された、
8人の被験者から、
最も抗体産生が活発と思われる、
感染もしくはワクチン接種後1週間の血液を採取し、
それを培養して、
およそ10万個の形質細胞という白血球を取り出します。
この形質細胞というのは、
それぞれ特化して特定の抗体を産生する、
「抗体産生工場」のような細胞ですから、
10万個余の細胞全てにおいて、
その産生する抗体を検証し、
その抗体のうち、
H1とH7とH5という、
3種類のHA抗原に、
同じように反応する抗体が、
ないかどうかを解析するのです。

全然異なる3種類の抗原に、
同じように反応する抗体が存在するなら、
それはインフルエンザの型に拠らない、
免疫が存在していることを示しています。

その結果、10万個の細胞のうち、
たった4個の細胞から作られた抗体のみが、
その3種類の抗原と、
同じように反応することが分かりました。

この「万能抗体」は、
H1からH16の全てのタイプのウイルスと反応し、
かつネズミとイタチの実験において、
インフルエンザの感染の重症化を、
阻止することが確認されました。

この「万能抗体」を、
論文の著者はF16抗体と名付けたのです。

こちらをご覧下さい。

インフルウイルスFサブドメインの図.jpg
これはHA抗原の立体構造のうち、
そのどの部分に問題の「万能抗体」が結合するのかを、
解析したものです。
抗体が結合するのは、
抗原のFサブドメインと呼ばれる部分です。
この部分は人間の細胞膜とウイルス粒子とが、
融合する反応に関わっていて、
その構造はウイルスのタイプが変わっても、
変わらずに保たれているのです。

これがおそらくは、
この抗体が全ての型のA型インフルエンザウイルスに、
反応することのメカニズムです。

この発見をどのように考えれば良いのでしょうか?

人間は個別の型に対する抗体を作ると共に、
A型インフルエンザ全てに対する抗体も、
同時に作っていることが分かりました。

これはインフルエンザの免疫に対する、
多くの謎を解き明かすための、
大きな一歩だと思います。

ただ、この抗体が身体の免疫において、
どのような意味を持っているのかは、
まだ謎に満ちています。

Fサブドメインに対する抗体は、
以前にも作製され動物実験に供されたことがありますが、
ある程度の広範な免疫反応は惹起したものの、
「万能抗体」と呼べるような効果は示しませんでした。

こうした抗体は、
型別に反応する抗体と比較すると、
遥かに弱い作用しか持たないのではないか、
という考え方も出来ます。

また、このF16抗体は、
全ての人間が産生する力を持っているのか、
それとも特定の体質を持つ人間しか、
産生する力を持たないのか、
というような点も定かではありません。

期待されるのは、
このF16 抗体の産生を、
特異的に刺激するような、
「万能ワクチン」の開発で、
Fサブドメインのみを増殖させ、
そこにアジュバントを添加して、
免疫原性を高めたワクチンのようなものが、
すぐに想定されます。

ただ、こうした手法は、
人間が通常起こすより、
数段強い免疫反応を人工的に惹起するものなので、
その安全性には危惧が残る、
という思いがあり、
仮に開発が可能であるとしても、
その使用には安全性の面において、
より慎重な姿勢が求められるのではないかと思います。

今日はインフルエンザウイルスに関しての、
最新の知見の話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 11

まみしゃん

私は自慢じゃありませんが、インフルエンザに罹ったことがありません。
子供のころからアレルギー疾患があり、小学生のころの集団接種からワクチンを受けたこともありませんでした。

大人になってもワクチンは受けたこともなかったのですが、新型インフルエンザが取りざたされた時に、主治医にワクチンを勧められ接種しています。

インフルエンザに罹ること、ワクチンを受けることのリスク両方の説明を受けて接種するほうがいいということになりましたが、受けることに若干の恐怖を感じながら受けています。
by まみしゃん (2011-10-24 10:16) 

MDISATOH

Dr.Ishiharaとても興味深い記事でした。
A型インフルエンザヴァイラスHA抗原Fサブドメイン「万能抗体」の話は、特に興味深かったです!

この「万能抗体」の産生を特異的に刺激する「万能ワクチン」が」副作用が少なく造る事ができれば夢のワクチンと成りますね。

でも、その様に旨く行くとは限りませんね!人間の都合の良い様には、旨く行くとは限りません。
by MDISATOH (2011-10-24 18:39) 

fujiki

まみしゃんさんへ
コメントありがとうございます。
ひょっとしたらインフルエンザに対する、
共通の免疫が強いのかも知れませんね。
by fujiki (2011-10-25 06:16) 

fujiki

MDISATOH さんへ
コメントありがとうございます。
万能ワクチンは多くの研究者の夢で、
その開発に一歩近付いた、
ということは言えるかも知れません。
by fujiki (2011-10-25 06:17) 

ダイヤ

おはようございます。
お忙しいところ申し訳ありませんが、質問があります。

7歳のこどもです。
2~3日前から、鼻ズマリとせきがあり、昨日耳鼻科を受診してきました。
熱もなく、のども腫れてないということでちょっと風邪気味。目の周りがかさついていることから、アレルギーによるものの可能性もある。
という診断で
ムコダイン
アスベリン
ジルテック
の混合ドライシロップを5日間処方されました。

11月2日に、インフルエンザ予防接種の予約をしているのですが、
このまま症状が良くなれば接種可能でしょうか?
あと、薬を飲みきると前日まで服用することになってしまいますが、
問題はないのでしょうか?

必ずしもこの日に受けたいということはないのですが・・・
受けるなら早めにとも言われ・・・

少しでも避けた方が良いのなら、副反応も心配なので避けたいと思います。


by ダイヤ (2011-10-28 09:29) 

fujiki

ダイヤさんへ
症状が良くなれば、
接種して頂いて特に問題はないと思います。
薬は前日まで飲んでいても、
気にされないで良いと思います。
最終的には当日のお子さんのご様子で、
決めて頂くのが良いと思います。
by fujiki (2011-10-28 21:55) 

ひじり

インフルエンザに関する記事を読んでて
とても興味深かったので読ませて頂きました。

とある総合病院で勤務してる臨床検査技師です。

先生の書く記事は医療人として、
興味深いものが多くてとても面白いです。

この万能抗体を実は持っているから
インフルエンザにかからない人が存在するかも
なんですよね??

もし、その通りでその人達を被験者として
万能ワクチンを開発できれば
パンデミックの恐怖に怯えなくてよくなりますね。
すごい歳月とお金がかかりそうですけど
IPS細胞も発見された今ですし、
なんか思ったよりも、
近い未来の話かもしれませんね。
by ひじり (2013-01-26 00:26) 

fujiki

ひじりさんへ
コメントありがとうございます。
「万能抗体」が存在しても、
おそらく全く罹らないということはないように思いますが、
罹り難い、ということは充分ありそうです。
ただ、仮に万能ワクチンが開発されたとしても、
それはパンデミックなど、
緊急事態のための切り札的に考えた方が、
良いようにも思います。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2013-01-26 08:47) 

三児のママ

随分前の記事にコメントする事、申し訳ありません。

以前豚インフルエンザが出た頃、「万能ワクチン」の研究がかなり進んでおり、数年のうちに実用可能になるかも知れないという報道を拝見した事があります。
確か、ウイルスの突起物ではなく、核に作用するワクチンで、インフルエンザが変異しても、どの型にも有効だと話していたと思います。
しかしあれからワクチンに関するニュースを目にする事もなくなり、ネットで調べても、報道当時の2009年の記事しか見当たりませんでした。

もう万能ワクチンの開発は辞めてしまったのでしょうか?

ご存知でしたら教えていただきたいと思います。
よろしくお願い申し上げます。
by 三児のママ (2013-08-23 00:29) 

fujiki

三児のママさんへ
コメントありがとうございます。
研究は勿論進められてはいると思いますが、
まだ研究レベルのもので、
実用化の目途は立っていないのではないかと思います。
開発はされても、
臨床試験に数年は掛かりますから、
実際に使用出来るようになるのは、
仮に現時点でほぼ完成していたとしても、
先の話になると思います。

よくマスコミで登場する、
日本の研究者の業績については、
その殆どは「宣伝用」なので、
実態はあまりないことが多いと思います。
by fujiki (2013-08-24 08:08) 

三児のママ

突然の質問に早速御回答頂き、ありがとうございました。

まだまだ実用化には時間が掛かるのですね。

鳥インフルエンザはパンデミックは避けられないとの報道をみます。

厚生労働省の見解でもかなり多くの犠牲者が出る事も…。

一言に何千人、何万人と言っても、そのひとつ一つはどれもかけがえのない生命なので、何とか有効なワクチンが出来るようになれば良いと祈っています。

ありがとうございました。

by 三児のママ (2013-08-25 00:08) 

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