甲状腺被曝検診における血液検査の必要性を考える [科学検証]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。
昨日は5枚くらい書きました。
それでは今日の話題です。
先日こんなニュースがありました。
【福島県の子ども10人、甲状腺機能に変化 信州大病院調査】
【認定NPO法人日本チェルノブイリ連帯基金(JCF)と信大病院(ともに松本市)が、福島県内の子ども130人を対象に今夏行った健康調査で、10人(7.7%)の甲状腺機能に変化がみられ、経過観察が必要と診断されたことが3日分かった。福島第1原発との関連性は明確ではない。旧ソ連チェルノブイリ原発事故(1986年)の被災地では事故から数年後に小児甲状腺がんが急増しており、JCFは今後も継続的に検査が受けられるよう支援してゆく方針だ。】
長野市に滞在していた福島県のお子さんに、
血液と尿検査とを行なったところ、
そのうちの10人に、
病的とまでは言えない、
軽度の甲状腺の異常が見付かった、
という報告です。
その一方で、10月9日には、
こんな報道もありました。
【福島第1原発事故 福島県、18歳以下の約36万人対象に甲状腺の内部被ばく検査開始】
【東京電力福島第1原発の事故を受け、福島県は、18歳以下のおよそ36万人を対象に、9日から、甲状腺の内部被ばくの検査を始めた。検査が行われている福島市の福島県立医大病院には、計画的避難区域の飯館村などから避難した住民が訪れている。】
福島県が主導して、
県民の18歳以下の全員に、
甲状腺の内部被ばくの検査が開始された、
というのです。
その原資には税金が湯水の如く使われます。
この2つの記事を並べて読むと、
何となく疑問が生じます。
甲状腺の被ばくの検査は、
福島県で18歳以下の全員に順次行なわれる予定の筈です。
当然長野市に一時的に滞在していたお子さんも、
希望をすればその検査が受けられる道理です。
それならば何故、
わざわざ当該のNPO法人は、
別個に甲状腺の血液と尿の検査を行なったのでしょうか?
これは、
福島県と国が行なっている検査では、
甲状腺の超音波検査と問診のみが行なわれ、
血液検査や尿検査は含まれてはいないからです。
その判断は果たして妥当なものでしょうか?
最初に僕の考える結論を言えば、
それはどのような目的で検査を行なうのかによるので、
どちらが正しいとは、
一概に言い切れない問題です。
以下、その点について順次ご説明します。
診療所に甲状腺の病気がないか心配だ、
というご訴えの患者さんが訪れ、
診察をさせて頂いた上で、
その心配が妥当だと判断した場合、
患者さんのご同意が得られれば、
僕は甲状腺の血液の検査と、
甲状腺の超音波の検査とを、
必ず同時に行ないます。
その理由はそれぞれの検査の目的が異なり、
かつ両者を比較することにより、
甲状腺の病気の存在を、
より正確に診断することが出来るからです。
血液の検査では、
血液の甲状腺ホルモンの数値と、
甲状腺刺激ホルモンの数値とを測定し、
必要に応じてサイログロブリンという、
甲状腺の組織内で作られる蛋白質の数値と、
自己抗体と呼ばれる、
バセドウ病や橋本病の診断のための検査を追加します。
ただ、これを必ず全て測定する、
という訳ではなく、
患者さんの症状や超音波検査の結果を照らし合わせて、
必要な検査をその中からチョイスする、
という方法を取ります。
超音波検査は、
甲状腺の病気の診断において、
最も有用性の高い検査で、
まず甲状腺の大きさを測定することが出来、
それから甲状腺の中に、
癌を含めたしこりが、
存在するかどうかが確認出来ます。
機械の精度にもよりますが、
概ね1~2ミリ程度の大きさのしこりまで、
検出が可能です。
超音波検査で分かることはそれだけではなく、
甲状腺の内部のエコーレベルを、
詳細に観察することと、
ドップラーという手法で甲状腺内の、
血流の信号を見ることにより、
橋本病や亜急性甲状腺炎、バセドウ病といった、
甲状腺の病気がありそうかどうかについて、
ある程度の当たりを付けることが出来ます。
従って、超音波検査で橋本病の存在が疑われれば、
より詳細な橋本病の自己抗体の検査を追加する、
というような方法により、
無駄なく必要不可欠な血液検査を、
施行することが可能となるのです。
血液検査の中では、
甲状腺ホルモンと甲状腺刺激ホルモンは、
セットで必ず測るべきもので、
これにより甲状腺機能が概ね把握出来ます。
自己抗体の検査は、
バセドウ病や橋本病が、
疑われたら検査を追加します。
サイログロブリンは、
正直血液検査としては、
その意義はそれほど大きくなく、
超音波検査が出来ない時に、
その不充分な代用品として、
行なうような意味合いのものです。
この検査は甲状腺に大きなしこりがあれば、
概ね上昇しますが、
小さなしこりでは上昇せず、
バセドウ病のような機能亢進症でも、
同じように上昇するので、
癌マーカーとしての意義は薄いのです。
福島県の検診は、
報道による限り山下俊一先生の主導によるもので、
問診と超音波検査のみが施行され、
血液検査は超音波検査でしこりが見付かった場合に限って、
二次検査として検討される、
と発表されています。
つまり、この意味合いは、
記事には「内部被ばく検査」と書かれてはいますが、
実際には甲状腺の中にしこりがあるかどうか、
それのみを検査することが、
今回の検診の実態だ、
ということになります。
放射性ヨードの内部被曝により、
起こり得る異常として想定されるのは、
甲状腺癌の将来的な発症と、
甲状腺の破壊による、甲状腺機能低下症です。
ただ、甲状腺癌はチェルノブイリ原発事故後の検証により、
低線量の被曝でもお子さんには発症し得る、
という知見があるので、
こうした検診が税金で施行されているのですが、
甲状腺機能低下症については、
より高線量の被曝により生じることが、
ほぼ明らかになっていて、
そうした被曝をした人は、
今回の原発事故では存在しない、
という判断から、
甲状腺機能低下症の検診は、
不要である、というのが、
山下先生のご判断なのだと推察します。
一方で最初の記事にあるNPO法人は、
超音波検診だけでは不充分である、
という立場に立って、
血液検査と尿検査を行なっているのです。
尿検査で一体何を測定しているのかは、
正直よく分かりません。
測定して意味のあるものとすれば、
尿中のヨードくらいでしょうか。
その検査結果に関しては、
130人の測定において、
7人で甲状腺刺激ホルモンが基準値を上回り、
1人が甲状腺ホルモン値が基準値を下回り、
2人がサイログロブリン濃度が基準値を上回った、
と記載されています。
それでいて、甲状腺機能低下症はなかった、
という表現になっているので、
基準値からの逸脱は、
極軽度であった、
という判断が出来そうです。
サイログロブリンの上昇については、
超音波検査の方が余程意味があるので、
福島県の検査を受けて頂いた方が、
ずっと良いのです。
このNPO法人の調査は、
主に被曝による甲状腺の機能異常のチェックのため、
経時的な甲状腺機能の検査が必要なのではないか、
という観点に立っています。
一方で山下先生は「血液検査は必要ない」との立場で、
最初の記事の紙面を読むと、
その理由は、
「検査をすれば一定の頻度で基準値から外れる値が出るが、
比較対象となる健康な子どものデータがない」
ということなどであると書かれています。
これが記者の取材に対するコメントなのか、
何処かにその理由の文書のようなものが存在するのか、
そうした点は定かでないのですが、
もし本当にこうした発言をされているのだとすれば、
これはフェアではない、
と僕は思います。
勿論36万人の小児の甲状腺機能を測定して、
その対照として比較するべき、
健常者のデータがあるのか、
と言われれば、
そんなものが存在しないことは、
事実だと思います。
しかし、検査会社のデータなどから、
ある程度のデータを抽出して、
比較検証することは不可能ではありませんし、
福島県内全域で検査をするとすれば、
当然被曝の多い地域と少ない地域が存在するのですから、
その両者で比較を行えば、
被曝の影響をある程度科学的に検証することは可能です。
「比較対象する正常データがない」
という言い方をするなら、
超音波検査はどうなのでしょうか?
健康なお子さんの甲状腺の超音波検査など、
特殊な場合以外は行わないのですから、
それこそ「健康な対照群のデータ」など、
存在はしない筈です。
つまり、これはそんな理由で行わないのではなく、
もっと別の理由があるのです。
最初に挙げたように、
甲状腺機能低下症はより高線量の被曝で、
通常は生じる現象の筈ですから、
それを理由にした方が、
より的確ではなかったのかと思います。
勿論、これはお話を聞いた記者の方が知識不足で、
先生のお考えを部分的に引用したという、
可能性もあると思います。
ただし、
これは一種の大規模な前向きコホート研究なのですから、
データは多い方が当然良いのです。
血液も採取した方が、
その時点では役に立たなくとも、
血清を凍結保存しておけば、
後から色々な検証が可能となるのです。
仮に10年後に甲状腺癌が見付かれば、
そのお子さんの以前の血液が保存されていることは、
大きな意味を持つのです。
その未来の時点では、
検証可能な遺伝子マーカーのようなものも、
発見されている可能性があるからです。
それをしないのは、
福島県のお子さんに、
将来的にどのような影響が、
生じる可能性があるのか、
そのトータルな影響を考え、
お子さんを守ろうという視点が、
国と福島県にはあまりない、
ということを示しているように、
僕には思えます。
「放射線の人体に対する影響は、
広島の原爆とチェルノブイリの原発事故の検証で、
完全に証明されているので、
それ以外の影響を考慮する必要はない」
という趣旨のことを、
知的な方が真顔で言われることがあるので、
非常に悲しくなるのですが、
そんなことは勿論なく、
放射線の身体に対する影響には、
未だに不明の点が多く存在するのです。
チェルノブイリ後の小児甲状腺癌の増加も、
その当初は、
「そんなことは有り得ない」
と言われたのです。
従って、チェルノブイリの知見以外のことは、
金輪際起こることはない、
という立場に立てば、
超音波検査のみを施行すれば、
必要にして十分と言えますが、
いやいやそれ以外の異常が起こる可能性も皆無でない、
という立場に立てば、
血液や尿の検体を、
被曝地で早い時期に採取し保存しておくことは、
大いに意味のあることなのです。
ただ、もう1つの問題はそのために必要なコストです。
昨日の新聞によると、
1年で2億5千万円の税金が、
この検診等の原資として確保されているそうです。
記事によれば福島県立医大を中心として、
県内各地を今後は巡回するような形で、
超音波検査が行なわれるという方針のようですが、
当初の対象者は5000人弱と書かれています。
頚部の超音波検査の保険点数は350点です。
これは概ね3500円に相当します。
仮に1万人に検査を保険でするとすれば、
その費用は検査代としては、
3500万円ということになります。
しかし、絶対にそれだけで済むということはなさそうです。
果たして検診の費用として、
どれだけの税金が、
何処に流れ込むことになるのでしょうか?
福島県の検診に血液検査の含まれない理由には、
当然それに伴うコストの問題も絡んでいると思われます。
ただ、その前提として、
この検診にどれだけのお金が実際に掛かるのか、
それをもっと節約する方法はないのか、
何処かの誰かがそれで不労所得を手に入れたり、
これ幸いと赤字を補填したりすることはないのか、
そうした点にも僕達は、
もっと厳しい目を向けるべきなのではないでしょうか?
1年に2億5千万円という予算は、
こうした検診としては巨額のものです。
それが本当に将来のお子さんの健康被害の、
予測と予防のために役立つものなのか、
もっと厳しい検証が必要のように、
僕には思えてなりません。
これはメディアの方に、
是非監視して頂きたい点です。
最後に自分のお子さんの被曝について、
ご心配をされている親御さんに僕の言いたいことは、
仮に県や国の指示以外に血液の採取を行なうとすれば、
重要なことはその検体を保存しておくことだ、
ということです。
その検査の主体がNPO法人であれ、
大学や研究機関であれ、
検査会社であれ、
それが最も重要なことで、かつまた、
最も実現の難しいことです。
しかし、たとえば癌センターが旗振りをするような、
大規模な臨床研究では、
当然そうしたことをしているのです。
検体は保存され、
何か新たな知見があれば、
その時に以前の検体が使用されるのです。
やりっぱなしではあまり意味はなく、
今分かることは知れているのです。
しかし、検体を保存しておけば、
将来的に役立つ可能性が高いのです。
ですから、皆さんは是非そうした主張をするべきです。
ただ、残念ながら診療所では検体の保存は出来ず、
検査会社は決してそうしたことはしてくれないので、
非常に無念なことですが、
その点で僕が皆さんのお役に立てることはないのです。
今日は甲状腺の内部被ばく検診の、
検査項目について考えました。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。
昨日は5枚くらい書きました。
それでは今日の話題です。
先日こんなニュースがありました。
【福島県の子ども10人、甲状腺機能に変化 信州大病院調査】
【認定NPO法人日本チェルノブイリ連帯基金(JCF)と信大病院(ともに松本市)が、福島県内の子ども130人を対象に今夏行った健康調査で、10人(7.7%)の甲状腺機能に変化がみられ、経過観察が必要と診断されたことが3日分かった。福島第1原発との関連性は明確ではない。旧ソ連チェルノブイリ原発事故(1986年)の被災地では事故から数年後に小児甲状腺がんが急増しており、JCFは今後も継続的に検査が受けられるよう支援してゆく方針だ。】
長野市に滞在していた福島県のお子さんに、
血液と尿検査とを行なったところ、
そのうちの10人に、
病的とまでは言えない、
軽度の甲状腺の異常が見付かった、
という報告です。
その一方で、10月9日には、
こんな報道もありました。
【福島第1原発事故 福島県、18歳以下の約36万人対象に甲状腺の内部被ばく検査開始】
【東京電力福島第1原発の事故を受け、福島県は、18歳以下のおよそ36万人を対象に、9日から、甲状腺の内部被ばくの検査を始めた。検査が行われている福島市の福島県立医大病院には、計画的避難区域の飯館村などから避難した住民が訪れている。】
福島県が主導して、
県民の18歳以下の全員に、
甲状腺の内部被ばくの検査が開始された、
というのです。
その原資には税金が湯水の如く使われます。
この2つの記事を並べて読むと、
何となく疑問が生じます。
甲状腺の被ばくの検査は、
福島県で18歳以下の全員に順次行なわれる予定の筈です。
当然長野市に一時的に滞在していたお子さんも、
希望をすればその検査が受けられる道理です。
それならば何故、
わざわざ当該のNPO法人は、
別個に甲状腺の血液と尿の検査を行なったのでしょうか?
これは、
福島県と国が行なっている検査では、
甲状腺の超音波検査と問診のみが行なわれ、
血液検査や尿検査は含まれてはいないからです。
その判断は果たして妥当なものでしょうか?
最初に僕の考える結論を言えば、
それはどのような目的で検査を行なうのかによるので、
どちらが正しいとは、
一概に言い切れない問題です。
以下、その点について順次ご説明します。
診療所に甲状腺の病気がないか心配だ、
というご訴えの患者さんが訪れ、
診察をさせて頂いた上で、
その心配が妥当だと判断した場合、
患者さんのご同意が得られれば、
僕は甲状腺の血液の検査と、
甲状腺の超音波の検査とを、
必ず同時に行ないます。
その理由はそれぞれの検査の目的が異なり、
かつ両者を比較することにより、
甲状腺の病気の存在を、
より正確に診断することが出来るからです。
血液の検査では、
血液の甲状腺ホルモンの数値と、
甲状腺刺激ホルモンの数値とを測定し、
必要に応じてサイログロブリンという、
甲状腺の組織内で作られる蛋白質の数値と、
自己抗体と呼ばれる、
バセドウ病や橋本病の診断のための検査を追加します。
ただ、これを必ず全て測定する、
という訳ではなく、
患者さんの症状や超音波検査の結果を照らし合わせて、
必要な検査をその中からチョイスする、
という方法を取ります。
超音波検査は、
甲状腺の病気の診断において、
最も有用性の高い検査で、
まず甲状腺の大きさを測定することが出来、
それから甲状腺の中に、
癌を含めたしこりが、
存在するかどうかが確認出来ます。
機械の精度にもよりますが、
概ね1~2ミリ程度の大きさのしこりまで、
検出が可能です。
超音波検査で分かることはそれだけではなく、
甲状腺の内部のエコーレベルを、
詳細に観察することと、
ドップラーという手法で甲状腺内の、
血流の信号を見ることにより、
橋本病や亜急性甲状腺炎、バセドウ病といった、
甲状腺の病気がありそうかどうかについて、
ある程度の当たりを付けることが出来ます。
従って、超音波検査で橋本病の存在が疑われれば、
より詳細な橋本病の自己抗体の検査を追加する、
というような方法により、
無駄なく必要不可欠な血液検査を、
施行することが可能となるのです。
血液検査の中では、
甲状腺ホルモンと甲状腺刺激ホルモンは、
セットで必ず測るべきもので、
これにより甲状腺機能が概ね把握出来ます。
自己抗体の検査は、
バセドウ病や橋本病が、
疑われたら検査を追加します。
サイログロブリンは、
正直血液検査としては、
その意義はそれほど大きくなく、
超音波検査が出来ない時に、
その不充分な代用品として、
行なうような意味合いのものです。
この検査は甲状腺に大きなしこりがあれば、
概ね上昇しますが、
小さなしこりでは上昇せず、
バセドウ病のような機能亢進症でも、
同じように上昇するので、
癌マーカーとしての意義は薄いのです。
福島県の検診は、
報道による限り山下俊一先生の主導によるもので、
問診と超音波検査のみが施行され、
血液検査は超音波検査でしこりが見付かった場合に限って、
二次検査として検討される、
と発表されています。
つまり、この意味合いは、
記事には「内部被ばく検査」と書かれてはいますが、
実際には甲状腺の中にしこりがあるかどうか、
それのみを検査することが、
今回の検診の実態だ、
ということになります。
放射性ヨードの内部被曝により、
起こり得る異常として想定されるのは、
甲状腺癌の将来的な発症と、
甲状腺の破壊による、甲状腺機能低下症です。
ただ、甲状腺癌はチェルノブイリ原発事故後の検証により、
低線量の被曝でもお子さんには発症し得る、
という知見があるので、
こうした検診が税金で施行されているのですが、
甲状腺機能低下症については、
より高線量の被曝により生じることが、
ほぼ明らかになっていて、
そうした被曝をした人は、
今回の原発事故では存在しない、
という判断から、
甲状腺機能低下症の検診は、
不要である、というのが、
山下先生のご判断なのだと推察します。
一方で最初の記事にあるNPO法人は、
超音波検診だけでは不充分である、
という立場に立って、
血液検査と尿検査を行なっているのです。
尿検査で一体何を測定しているのかは、
正直よく分かりません。
測定して意味のあるものとすれば、
尿中のヨードくらいでしょうか。
その検査結果に関しては、
130人の測定において、
7人で甲状腺刺激ホルモンが基準値を上回り、
1人が甲状腺ホルモン値が基準値を下回り、
2人がサイログロブリン濃度が基準値を上回った、
と記載されています。
それでいて、甲状腺機能低下症はなかった、
という表現になっているので、
基準値からの逸脱は、
極軽度であった、
という判断が出来そうです。
サイログロブリンの上昇については、
超音波検査の方が余程意味があるので、
福島県の検査を受けて頂いた方が、
ずっと良いのです。
このNPO法人の調査は、
主に被曝による甲状腺の機能異常のチェックのため、
経時的な甲状腺機能の検査が必要なのではないか、
という観点に立っています。
一方で山下先生は「血液検査は必要ない」との立場で、
最初の記事の紙面を読むと、
その理由は、
「検査をすれば一定の頻度で基準値から外れる値が出るが、
比較対象となる健康な子どものデータがない」
ということなどであると書かれています。
これが記者の取材に対するコメントなのか、
何処かにその理由の文書のようなものが存在するのか、
そうした点は定かでないのですが、
もし本当にこうした発言をされているのだとすれば、
これはフェアではない、
と僕は思います。
勿論36万人の小児の甲状腺機能を測定して、
その対照として比較するべき、
健常者のデータがあるのか、
と言われれば、
そんなものが存在しないことは、
事実だと思います。
しかし、検査会社のデータなどから、
ある程度のデータを抽出して、
比較検証することは不可能ではありませんし、
福島県内全域で検査をするとすれば、
当然被曝の多い地域と少ない地域が存在するのですから、
その両者で比較を行えば、
被曝の影響をある程度科学的に検証することは可能です。
「比較対象する正常データがない」
という言い方をするなら、
超音波検査はどうなのでしょうか?
健康なお子さんの甲状腺の超音波検査など、
特殊な場合以外は行わないのですから、
それこそ「健康な対照群のデータ」など、
存在はしない筈です。
つまり、これはそんな理由で行わないのではなく、
もっと別の理由があるのです。
最初に挙げたように、
甲状腺機能低下症はより高線量の被曝で、
通常は生じる現象の筈ですから、
それを理由にした方が、
より的確ではなかったのかと思います。
勿論、これはお話を聞いた記者の方が知識不足で、
先生のお考えを部分的に引用したという、
可能性もあると思います。
ただし、
これは一種の大規模な前向きコホート研究なのですから、
データは多い方が当然良いのです。
血液も採取した方が、
その時点では役に立たなくとも、
血清を凍結保存しておけば、
後から色々な検証が可能となるのです。
仮に10年後に甲状腺癌が見付かれば、
そのお子さんの以前の血液が保存されていることは、
大きな意味を持つのです。
その未来の時点では、
検証可能な遺伝子マーカーのようなものも、
発見されている可能性があるからです。
それをしないのは、
福島県のお子さんに、
将来的にどのような影響が、
生じる可能性があるのか、
そのトータルな影響を考え、
お子さんを守ろうという視点が、
国と福島県にはあまりない、
ということを示しているように、
僕には思えます。
「放射線の人体に対する影響は、
広島の原爆とチェルノブイリの原発事故の検証で、
完全に証明されているので、
それ以外の影響を考慮する必要はない」
という趣旨のことを、
知的な方が真顔で言われることがあるので、
非常に悲しくなるのですが、
そんなことは勿論なく、
放射線の身体に対する影響には、
未だに不明の点が多く存在するのです。
チェルノブイリ後の小児甲状腺癌の増加も、
その当初は、
「そんなことは有り得ない」
と言われたのです。
従って、チェルノブイリの知見以外のことは、
金輪際起こることはない、
という立場に立てば、
超音波検査のみを施行すれば、
必要にして十分と言えますが、
いやいやそれ以外の異常が起こる可能性も皆無でない、
という立場に立てば、
血液や尿の検体を、
被曝地で早い時期に採取し保存しておくことは、
大いに意味のあることなのです。
ただ、もう1つの問題はそのために必要なコストです。
昨日の新聞によると、
1年で2億5千万円の税金が、
この検診等の原資として確保されているそうです。
記事によれば福島県立医大を中心として、
県内各地を今後は巡回するような形で、
超音波検査が行なわれるという方針のようですが、
当初の対象者は5000人弱と書かれています。
頚部の超音波検査の保険点数は350点です。
これは概ね3500円に相当します。
仮に1万人に検査を保険でするとすれば、
その費用は検査代としては、
3500万円ということになります。
しかし、絶対にそれだけで済むということはなさそうです。
果たして検診の費用として、
どれだけの税金が、
何処に流れ込むことになるのでしょうか?
福島県の検診に血液検査の含まれない理由には、
当然それに伴うコストの問題も絡んでいると思われます。
ただ、その前提として、
この検診にどれだけのお金が実際に掛かるのか、
それをもっと節約する方法はないのか、
何処かの誰かがそれで不労所得を手に入れたり、
これ幸いと赤字を補填したりすることはないのか、
そうした点にも僕達は、
もっと厳しい目を向けるべきなのではないでしょうか?
1年に2億5千万円という予算は、
こうした検診としては巨額のものです。
それが本当に将来のお子さんの健康被害の、
予測と予防のために役立つものなのか、
もっと厳しい検証が必要のように、
僕には思えてなりません。
これはメディアの方に、
是非監視して頂きたい点です。
最後に自分のお子さんの被曝について、
ご心配をされている親御さんに僕の言いたいことは、
仮に県や国の指示以外に血液の採取を行なうとすれば、
重要なことはその検体を保存しておくことだ、
ということです。
その検査の主体がNPO法人であれ、
大学や研究機関であれ、
検査会社であれ、
それが最も重要なことで、かつまた、
最も実現の難しいことです。
しかし、たとえば癌センターが旗振りをするような、
大規模な臨床研究では、
当然そうしたことをしているのです。
検体は保存され、
何か新たな知見があれば、
その時に以前の検体が使用されるのです。
やりっぱなしではあまり意味はなく、
今分かることは知れているのです。
しかし、検体を保存しておけば、
将来的に役立つ可能性が高いのです。
ですから、皆さんは是非そうした主張をするべきです。
ただ、残念ながら診療所では検体の保存は出来ず、
検査会社は決してそうしたことはしてくれないので、
非常に無念なことですが、
その点で僕が皆さんのお役に立てることはないのです。
今日は甲状腺の内部被ばく検診の、
検査項目について考えました。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2011-10-11 08:11
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コメント(18)
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はじめまして。
大変興味深く読ませていただきました。
私は元看護師なのですが
残念なことに知識も理解力も乏しく
正しく把握することが困難なのですが
やはりこの件に関しましてはいろいろと考えることが多いです。
本当に子ども達の将来のことについて心配しているのだろうか?
そのために適切な検査が行われているのだろうか?
親には適切な説明がされているのかどうか?など
疑問がいっぱいです。
だいぶ逸れまして恐縮ですが
私の次男は知的障害なのですが
学校に行っていたときに学校を通じて無料で脳波検査を受けられました。
聞いた話では異常のあった子に対して学校からの通知は
「異常がありました」の1点のみ、
一体どこにどうどのような異常があったのかは知らされなかったそうです。
詳しく知りたければ病院へ行け、ということなのでしょうが
行くにしても最低限のことは教えていただきたいものだと親として思いました。
by こはく (2011-10-11 09:51)
いつも読ませてもらっています。
先生のように思われているお医者様がたくさんいらっしゃると思います。
マスコミもあの調子ですし、私のような一般人ではどうにもならない問題です。
少人数では太刀打ちできないでしょうから、全国のたくさんのお医者様に声を上げてもらって、なんとかならないのでしょうか。
尊い命が利用されているとしか思えなくて、本当につらいです。
by Sachi (2011-10-11 15:36)
NPOが健康調査したのは7月末から8月末にかけてですよね。その時点で福島県の甲状腺に関する検査の概要がわかってたんですか?
鎌田さんには鎌田さんの考えがあってやりたい検査をやっただけだと思うなあ。
by 鎌田實さんの (2011-10-12 01:00)
先生、とても為になる話を分かりやすくありがとうございます。
福島の子供達全員に甲状腺検査をするというのはいい事ですが、そのやり方、目的については先生の仰る通り疑問が残ります。
それと、福島の子供達だけでなく関東全部の子供達の検査をすべきだと僕は思います。
先日、横浜市港北区のマンションの屋上からストロンチウムが検出されました。
ストロンチウムやプルトニウムが遠くに飛ばないなんて大嘘です!
当然プルトニウムも飛んできたでしょう。
埼玉でもテクネチウム検出されてるし、ハワイでウラン、ストロンチウム検出されてます。
セシウムとセットで飛んできてますよ。
セシウム量のおよそ1/10という話も聞きますが、今回は、セシウム合計63000ベクレル/kgに対して、ストロンチウム195ベクレル/kg。
63000ベクレルの近くでは、セシウム10万ベクレルも検出されています。
10万ベクレルについても、公表されていました。
http://tomynyo.tumblr.com/day/2011/09/21
関東にストロンチウムが降ったのだから、福島、海だけでなく、関東の農産物、牛乳もストロンチウム汚染がなかったとは言えません。
セシウムが大量にあるときは、ストロンチウムも含まれていると、理解しなくてはいけませんよね。
福島だけがクローズアップされてますが、関東もかなり汚染されている地域がたくさんあります。
甲状腺の検査は関東の子にも必要だと思いませんか?
また、先生はストロンチウムが飛散している事についてどう思いますでしょうか?
by 元気 (2011-10-12 01:47)
こはくさんへ
コメントありがとうございます。
検診の結果の通知というのは、
時に非常に受診された方に不親切であることが、
しばしばあるような気がします。
特に研究目的の検査では、
その傾向が大きいような気がします。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2011-10-12 08:32)
Sachi さんへ
コメントありがとうございます。
ご指摘の通りで、
漫然と好き勝手に記事を書いているだけでは、
何も解決しないことは理解していますが、
実行は難しいこともご理解下さい。
色々ちょっと考えます。
by fujiki (2011-10-12 08:37)
鎌田さんの…さんへ
情報をを把握していないので、
その点はちょっと分かりません。
by fujiki (2011-10-12 08:38)
元気さんへ
貴重な情報ありがとうございます。
あまり軽率にもコメント出来ないので、
もう少し勉強をさせて下さい。
僕はチェルノブイリ膀胱炎の話なども、
仮にそうした現象があるとすれば、
セシウムとはあまり関連性はないのではないか、
別箇の未測定の放射性物質や、
場合によってはそれ以外の有害物質の、
影響が大きいのではないかと考えます。
by fujiki (2011-10-12 08:44)
本日のYahooのトップニュースにも出てました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111012-00000037-mai-soci
ストロンチウムの検出は市民が調べたから分かったんですが、僕の住む横浜市緑区の中学校の屋上からも0.86マイクロシーベルト/時間が検出されています。おそらく、ベクレルにして8万ベクレルくらいでしょうか。
怖いです。
http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1110070008/
http://sankei.jp.msn.com/region/news/111007/kng11100721520003-n1.htm
今回ストロンチウムが検出された港北区大倉山とは目と鼻の先。
おそらく、ちゃんと調べれば同じようにストロンチウムが検出されると思います。
先生、自分も勉強します。
何か分かりましたら教えて下さい。よろしくお願いします。
by 元気 (2011-10-12 12:57)
たまたまこのブログを見つけて以来、よく覗かせていただいています。
一般市民として感じていたことが、きちんと知識のある先生から見た意見としても書かれていて、なるほどと思いました。
あと、福島の調査は、7月には既に決定されていて新聞にも出ていたようです。
私は以前、体調を崩していた頃に、甲状腺も少し腫れているみたいだから、血液検査してみましょう。ということで検査して、異常なし。だったことがあります。
超音波検査、というのは、既に異常が形になっているのを見つけることになると思っていましたが、そうでもないのでしょうか。
これを第一段階としたことは、新聞に書かれていたように「親の心配を取り除くため」の形だけの調査であることが覗えると思いました。記事ではこの調査理由にはなんの突っ込みもありませんでしたが…
私の超音波検査の捉え方は間違っていたでしょうか。ご教授いただければ幸いです。
by nao (2011-10-12 18:12)
nao さんへ
いつもお読み頂きありがとうございます。
基本的には超音波検査も血液検査も、
その検査で判明することが想定される、
病態の種類は違いますが、
「異常が形になっている」のを見付ける、
という点においては同じだと思います。
今回の福島県の検診を主導される立場の人達のお考えとしては、
「もともと大した被曝ではなく、
大したことは起こる訳がない。
でも、皆さんの安心につながるなら、
無駄でも検査はしましょう」
というのが基本的な認識だと思います。
それが正しい認識であるのか、
そうでないのかは、
もう10年くらいは経ってみないと、
結論の出る問題ではないと思います。
ただ、この検診はいついつの日に、
ある場所に行かないと検査は出来ない、
という性質のもののようですから、
今年に関しては受診率は高くても、
数年経てば、
検査を継続される方は、
非常に減るのではないかと思いますし、
それでは何の意味もないのではないか、
と考えます。
by fujiki (2011-10-13 08:11)
福島県いわき市の者です。5歳の子供がいます。最近の文部科学省の調査で3月中福島県の中でもいわき方面はヨウ素がかなり飛散していた事が分かりました。これから子供達はガラスバッチを配布され積算放射能のデータを取らされ超音波のみの検査が待っています。それも終了するのが2014年。福島県の病院では問い合わせしても甲状腺の被ばく検査はしてくれそうにありません。福島医大からの通達なのでしょうか。子供を守ろうとする意志はまったく感じられずにデータだけを収集しているように感じられます。どうか甲状腺の被ばく検査をいて頂ける良心的な病院はあるのでしょうか。また先生の病院では検査をして頂けるのでしょうか。宜しくお願い致します。
by KEI (2011-10-13 19:58)
お返事ありがとうございます。
私はてっきり、子宮頸がん検診みたいに自分の都合で受けられるものかと思いました。
10年20年後に、福島医大の癌施設が満床になっていないことを祈ります。
by nao (2011-10-13 22:51)
KEI さんへ
コメントありがとうございます。
超音波検査でしたら、
お出で頂ければいつでも可能です。
血液検査に関しては、
現状では超音波検査の結果と身体症状から、
必要性が高ければ施行する、
という方針で良いのではないかと思います。
超音波検査はお子さんに負担が掛からず、
しこりのあるなしばかりではなく、
甲状腺の大きさや血流の状態も、
同時にチェックが可能だからです。
本来は記事に書きましたように、
血液を採取して保存しておくのであれば、
今後のために有意義なことと思いますが、
現状診療所ではそうした対応は困難です。
甲状腺機能のみの採血に、
それほど大きなメリットなないのではないか、
と考えます。
by fujiki (2011-10-14 13:09)
もやもや記事がスッキリしました。
とても分かりやすい解説が読めて良かったです。
こどもが甲状腺機能低下症になると、発達に影響が出るのを知っています。早期発見が鍵ですね。
by yasmin (2011-10-16 00:32)
お久しぶりです。先生
相変わらずの切れ味ですね。
スイマセン、まことに勝手ながらリンクを張らせていただきました。
パパ・ママ目線で放射線を考えてみないかい(in古川)
http://papamamamesen.jugem.jp/?eid=24
by ペポ (2011-10-16 02:32)
yasumin さんへ
コメントありがとうございます。
by fujiki (2011-10-16 22:15)
ペポさんへ
いつもお読み頂きありがとうございます。
リンクもありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2011-10-16 22:26)