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僕が医療ミスに寛容になれない訳 [身辺雑記]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から意見書など幾つか書いて、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はちょっとプライベートな話です。

僕の妻はこれまでに2回死に掛けていますが、
最初の1回は産婦人科の医者による、
医療ミスによるものです。

不妊治療で採卵のため卵巣に針を刺したのですが、
それが誤って血管を貫き、
お腹に大量に出血をしたのです。
最初はそれが肺塞栓だという説明でした。
お腹には大量の出血が血腫として見えていましたが、
それは採卵後としては、
止むを得ないレベルのものだ、
という話でした。
採卵の当日に呼吸状態が悪化して、
ICUにその深夜に運ばれ、
酸素マスクが装着されました。

忘れもしない、2002年11月1日のことです。

11月3日には大量の輸血がされました。
貧血が急激に進行した、
と言うのです。

11月2日には状態が比較的落ち着いていたので、
3日の昼には以前から予定になっていた、
能の「道成寺」を観に、
妻の姉の娘と、
千駄ヶ谷の国立能楽堂に行っていました。
元々は妻と一緒に行く筈だったのです。
そこから病院に廻る予定でした。

それが丁度鐘入りのタイミングで携帯に着信があり、
急遽病院に向かいました。
貧血の急激な進行のため、
輸血の同意が欲しい、という連絡でした。

病院に駆け付けると、
妻は意識が朦朧とした状態でしたが、
僕の方を見て、
「馬鹿、何やってるの」
とはっきり言いました。

その日から翌日に掛けてが一番の山で、
医療ミスをした主治医はいつになく真剣な表情で、
僕に自分の携帯の番号を教え、
いつでも連絡をしてくれて構わないと言いました。

このまま妻が死ねば、
妻が僕に残した最後の言葉は、
「馬鹿、何やってるの」なのだな、
とそんなことを思いました。
それも、何かとても辛辣で見も蓋もないような、
言い方だったのです。

10年近く経ってから、
妻が当時の主治医の後輩から聞いた話では、
「あの時はさあ、石原さんが死んだら、
これは絶対訴訟になって負けるぞ、
と○○先生も教授も青い顔をしていたんだよ」、
ということでした。

自分も医者の端くれをしていて、
こういう話を聞くと、
本当に辛く切ない気分になります。
ミスをしない医者はなく、
間違いなくある種の犠牲の元に、
医療というものは成立しているのです。

医療訴訟の多い風潮に対して、
多くの医者は、
医療にはミスは付き物であり、
そんなことで一々非難されていたら、
医療崩壊が進行するだけで何のメリットもない、
というニュアンスの意見を、
一般的に開陳されています。

僕はその意見も分かりますし、
僕自身まだ経験なく救急医療をしていた、
卒業後数年の頃のことを考えると、
多くの方に懺悔をしなければなりませんし、
とても他の医者の医療行為の是非について、
どうこうと言うようなことは出来ません。

しかし、その一方で、
医療ミスで肉親を殺され掛けた人間の気持ちは、
そうした経験のない者には決して分からないものですし、
医療ミスなどゴタゴタ言うな、
医療は常にリスクのあるものなのだ、
と言って平然としていられる医療者は、
そうした経験をしたことのない人達なのだ、
とも思います。

妻はあの時から比べれば、
身体に色々と爆弾を抱えてはいるものの、
格段に元気にはなりました。
ただ、当該の婦人科の主治医とは、
数年後に再びトラブルになり、
その妻との関係は断絶しています。

悪人は存在しないけれど悪は存在する、
と僕は思います。

採卵で出血を起こした医者は、
処置後しばらくして妻が急変し、
呼吸状態が急激に悪化したことを、
肺塞栓症の可能性が高いと説明しましたが、
その2日後に急激な貧血の進行に対して、
大量の輸血が行なわれたのですから、
何処かから大量の失血があったとしか、
考えられず、
それはどう考えても採卵時の出血しか、
考えようがないのです。

しかし、その医者は、
絶対にそのことを、
認めようとはしませんでした。

あくまで急変の原因は、
不測の事態の肺塞栓であって、
採卵による出血はあったものの、
それは許容範囲で病状悪化の原因とは、
直接の関係はない、という見解だったのです。

これが悪だと僕は思います。

しかし、僕は結局そのことで、
主治医を詰問することはありませんでした。
彼の人生の中では、
結構際どい綱渡りの時間であったと思うのですが、
その中では彼は妻の診療のために、
全力を尽くしてくれたと思ったからです。

彼は今でも診療を続け、
学会でもそれなりの立場にある、
多くの医者を指導する立場の産婦人科医となっています。

彼は心の中で、
ある種のやましさと言うか、
懺悔の気持ちを持っているでしょうか?

僕にはそれは分かりませんが、
そうであってくれたら良いな、
とは思います。

世の中に悪人がいてくれたら、
その悪人を退治すれば世の中は良くなるのですから、
世界の仕組みは非常にシンプルで、
その意味では、どんなに良いかと思いますが、
実際には僕と同じような曖昧でどちらともつかない人間ばかりがいて、
そうした人間が他人にとっての「悪」をなし、
その「悪」が多くの不幸の種になるのが、
この世の中というものなのだと思います。

ただ、今度同じようなことがあったら、
僕は絶対にあの時と同じ選択はしないと思います。

これが、僕が「医療ミス」というものに、
必ずしも寛容になれない理由です。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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末尾ルコ(アルベール)

医療というのは本当に難しくデリケートなものですね。

医大生の人たちも周囲でよく見かけますが、真剣に取り組んでいる方もいれば、「親が勘違いさせているな」という方も少なからずいる。
どのようなお仕事でも「人格」が一番大切だと思うのですが。

本当に先生のようなお医者様が多くなればと思います。

                                 RUKO    
by 末尾ルコ(アルベール) (2011-09-09 08:55) 

ゼファー750

石原先生、はじめまして。
こちらは、先生のブログはずっと読ませてもらっていました。
いつも感心しておりました。

スタンスに共鳴するところが多くあります。

今日の話題はコメは難しいな・・でも何か反応しないと・・
みたいな微妙な話題でした。
見る見るうちにNICEが入ってさらにコメまで入って・・・
アクセスがすごく多いのですね。

真面目に医療に向き合っておられるのがよくわかるので
患者さんたちから支持されているのだと想像します。

ミスをしない人はいない。
要はそのあとの対応なんだと思うのですよね。
そこでその人の人柄が出ますよね。
医者という人種はいやな奴が多いです、・・・残念ですが。

これからもがんばってください。
by ゼファー750 (2011-09-09 09:01) 

さりぃ

私自身も家族が病気になった時に、やっと家族が大病された方の気持ちが少し解った様な気がしました。自分の事ばかりが大変、大変ということより、相手の痛みを考える事が大事なんだろうなと思います
by さりぃ (2011-09-09 18:17) 

伊藤

私の子供は病院での腎臓の検査の際,勧告する基準の25倍以上のテクネチウムを約、1000MBq投与されてしまい,病院側から言うには40ms以上の内部被爆を受けました。

しかし私は医学に無知な為…理解に苦しんでいます。

そこで詳しい先生にお聞きしたいのですが

1、
テクネチウムの半減期は6時間とありますが
6時間で半分になるのであれば娘は12時間以上の間、被爆しつづけたという事なのでしょうか?


2、
40ms内部被爆したと言う事は
腎臓に特化した影響を示す内部被爆線量は
40×6+20×6=最低360msと言う事なのでしょうか?

3、注射で体内に入れる為、完全に消えるまで被爆が続き、DNAの損傷などが起こると新聞に書いてありますが
もし360msもの影響を最低12時間受けた場合、本当に娘の将来は大丈夫なのでしょうか?

4、福島の原発やチェルノブイリの問題と比べてどうなのでしょうか?

5、
12時間被爆し続けていたとしたらずっと抱っこしていた私への影響もあったのでしょうか?

先生、教えてください。

不安で不安でたまりません…

宜しくお願いいたします。


by 伊藤 (2011-09-09 21:16) 

iyashi

ごく最近ですが調剤ミスの悪質なケースが新聞にも取りざたされました。

今までの調剤ミスというものは、当事者が把握しておらず、後日判明したというケースばかりでした。

それが今回のケースは、調剤ミスが翌日には判明していたのに、それを隠蔽する工作が行われていたという点で、意味合いが全く違ってしまったというのが残念でなりません。。。

そもそも医薬分業というものは、医師と薬剤師間で相互に医療過誤をへらそうとするものが根底にある筈です。

それがこういった事例が発生した時点でその意義は空虚になってしまいますよね。。。

しかも薬品が薬品だっただけに、開設者がそれなりの地位にあったにも拘わらず、真面目に取り組んでいる薬剤師の信頼を一気に底に落としました。。。

調剤にもミスは人間がかかわる以上、ゼロには出来ない実情があります。

しかし今回の事例に関しては、未然に防げた部分も大きくあると思います。。。

我々医療従事者は、常に危機感を持って従事するとともに、過信せず、置かれている立場を再度認識するべきかと思います。
by iyashi (2011-09-09 22:41) 

ごぶりん

主治医の後輩の方のお話が事実なら(すみません。疑っている訳ではないんですが)産婦人科医のミスなんでしょうね。
そもそも、肺塞栓症で大量の輸血をする事があるんでしょうか。
今調べましたが、よく分かりませんでした。
その医師が、心の中でだけでも懺悔してくれていたら患者さんや
そのご家族も少しは救われるかもしれませんが、
やはり、自らの非を公にして、その事に真摯に向き合う姿勢が
その医師自身の成長につながるんじゃないかという気がします。
「白い巨塔」で財前医師は死の間際にうわ言で懺悔してましたが、
ちょっと遅い気がします。
by ごぶりん (2011-09-09 22:53) 

fujiki

RUKO さんへ
コメントありがとうございます。
今身内でゴタゴタしているので、
余計人間とは何なのかと、
考えさせられます。
by fujiki (2011-09-09 23:18) 

fujiki

ゼファー750さんへ
コメントありがとうございます。
逃げることだけはしないようにしよう、
というのが最近考えていることですが、
どうしても何かあるとすぐに逃げたくなります。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2011-09-09 23:21) 

fujiki

さりぃさんへ
コメントありがとうございます。
他人の身になって考えるというのは、
本当に難しいですね。
by fujiki (2011-09-09 23:22) 

fujiki

伊藤さんへ
娘さんご心配なことと思います。

使用されたのはテクネチウム99mDMSAで、
結合したDMSAという物質の性質上、
その殆どが腎臓の皮質に集積します。
つまり、排泄はあまりされずに、
腎臓に留まって、減衰してゆくことになります。
従って、その影響は主に腎臓に限局し、
それ以外では生殖腺と膀胱に、
僅かに認められる程度だと思います。
半減期が6時間ということは、
6時間で放射線量は半分になり、
24時間後には16分の1になる、という意味です。

全身で40mSvの被曝線量というのは、
造影CTや血管造影でも被曝する可能性のある数値で、
放出されるのはγ線で、
β線やα線と比較すると、
組織障害性は低いと考えられます。
その意味では大きな心配はない可能性が高い、
と考えられます。

抱っこしていた親御さんも、
勿論若干の被曝はしますが、
それは無視出来る程度と考えて頂いて良いと思います。

ただ、問題は腎臓に集中して被曝が生じている、
という事実で、
現状この線量の被曝で、
腎臓の障害や発癌の生じた、
という報告はないと思いますが、
前例のないような事件であり、
影響がないとは言い切れません。

今問題になっているセシウムの被曝は、
半減期は数十年と非常に長いのですが、
排泄は早く身体の特定の部位に、
特異的に集積する物質ではないので、
単純にはどちらの影響が大きいと、
比較するのは難しいと思いますし、
あまり比較して考えるべき性質のものではないと、
僕は思います。

ちょっと微妙な問題なので、
オープンなコメント欄で、
これ以上書かせて頂くのは適当ではない、
と言う気がします。
もしよろしければ、
ホームページにあるアドレスに、
メールを頂ければ、
僕に分かる範囲のことはお話したいと思います。
by fujiki (2011-09-09 23:49) 

fujiki

iyashi さんへ
コメントありがとうございます。
あの事案は酷いですね。
ご指摘の通りだと思います。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2011-09-10 08:18) 

stargazer

おそらく多くのお医者さんのホンネの部分が吐露されていて、
一患者としては安心しました。嬉しく思いました。
ところで、無過失補償制度の創設の動きが出ていますが、
賛同する一方で「医師の逃げ道」にされはしないかと心配する
ところであります・・・。
by stargazer (2011-09-10 08:24) 

fujiki

ごぶりんさんへ
コメントありがとうございます。
偉い人にはそれなりの、
処世術と身の守り方があって、
言葉の端々からそれが透けて見えると、
矢張り何か嫌な気持ちになります。
by fujiki (2011-09-10 08:25) 

fujiki

stargazer さんへ
コメントありがとうございます。
こういう仕組みを公平に仕上げるというのは、
現実にはなかなか難しいのではないかと思います。
by fujiki (2011-09-10 08:31) 

3年迷走

医療事案の話で恐縮です。
患者側の疑問に答えてくれる意見医を探すことが出来ません。
弁護士経由のみ、と限定している名古屋・八尾には届きません。
割にあわない事案と決めつけた弁護士は問い合わせてくれません。
この窓口としてしか患者側弁護士は機能していないのではないのか、と思うぐらい原告予備軍は調べまくっていると思います。
だから訊きたいのに。
「実際の臨床を知らないからダメだ」
「家族だからそう思うんだ」
と言って調査代だけ懐に入れて、終わりです。
石原先生、お助けを(笑)


by 3年迷走 (2015-11-27 22:35) 

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