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抗凝固剤「プラザキサ」死亡事例をより深く考える [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

身内に不幸がありまして、
急な休診を頂く可能性があります。
ご迷惑をお掛けする場合がありますが、
どうかご了承下さい。
(本日の診療は通常通り行ないます)

それでは今日の話題です。

ワーファリンに代わる新薬として、
今年の3月に発売された「プラザキサ」の使用にかかわる有害事象で、
5例の死亡事例が報告されたことについては、
以前にも記事にしました。

その事例のもう少し詳しい内容が、
分かりましたので、
今日はその話です。
ただ、伝聞で聞き取りの情報ですので、
正確さに欠ける点があるかも知れません。
その点はご理解の上お読み下さい。
現時点では正式には開示はされていないものだと思います。

また、正式に詳細が開示されましたら、
その時点でコメントはしたいと思います。

関係者各位には、
決して興味本位で記載するものではなく、
当該薬剤を実際に処方している末端の医療者の1人として、
患者さんの安全対策のために必要な情報と考えての記載ですので、
その点をどうかご理解頂ければ幸いです。
情報源は明確には出来ないこともお断りさせて頂きます。

死亡症例は5例で、
その簡単な内容が開示されています。

事例1は既に詳細が公表されており、
本ブログでも何度か取り上げていますので、
今日は省きます。

事例2は100歳代の女性で、
ワーファリンからの切り替えではなく、
新規の使用事例ということのようです。
心房細動は以前からあり、
おそらくは高齢でもありそのまま経過を診ていたところ、
「非常に安全で良い薬が発売された」ということで、
処方を開始したものと推測されます。
当初1日220mgという量が処方されていましたが、
数日で皮下出血が出現したため、
使用量が1日150mgに減量されています。
しかし、胃腸出血を来して亡くなられています。

問題点は矢張り年齢と腎機能から考えて、
使うべき事例ではなかった、という点と、
出血が疑われた時点で、
中止するのではなく、
減量に留めた、という点が大きな問題です。
一旦プラザキサでその効果が過剰に発現した場合には、
減量してもすぐにそれが是正されることはありません。

つまり…

【プラザキサ使用中に出血傾向が生じたら、減量ではなく、直ちに中止を選択するべきである】

ということです。

事例3は70歳代の男性で、
当初ワーファリンが使用されていたところ、
その効果を見る指標である、
PT-INR という数値が、
通常量で5を超えるような状態で、
不安定で使用が困難であったため、
中止してアスピリンに切り替えて様子を見ていた事例のようです。

PT-INR はその数値が多いほど、
薬が強く効いている、すなわち血が固まり難いことを示し、
2.2を超えると出血性の合併症が発症し易いと言われています。
それが5を超えるのは論外の状態です。

そこに、安全で量の調節が要らないとされる、
プラザキサが追加で処方されました。
アスピリンとプラザキサが併用されたのです。

プラザキサが使用されたのは5日間のみですが、
その時点で皮下出血が全身に出現し、
その後転倒により出血。
出血性ショックのため亡くなられています。

僕がこの事例で思うことは、
ワーファリンのコントロールが非常に困難で、
通常量で効き過ぎの状態が起こる、
ということは、
CYPの変異のような代謝酵素の異常の可能性がある、
ということです。

プラザキサはCYPの影響は受けず、
8割が腎排泄、というタイプの薬剤です。

これは一見良いことのように思いますが、
腎排泄単独の薬は、
何らかの状況により腎機能が低下すると、
加速度的に短期間で薬剤の蓄積が起こる、
ということを示しています。
ご高齢の方の場合、
腎機能が一見正常であっても、
1日食事が摂れなければ、
それだけで脱水が進行して腎機能が悪化するのですから、
肝臓で代謝を受ける薬より、
その点では高齢者にはリスクが高い、
と言うことも出来るのです。
肝機能が1日にして急激に悪化するというのは、
それに比較すれば極めて稀なことだからです。

このケースはワーファリンの効果が、
強く現れていることより、
肝臓のCYPという代謝酵素の変異があった可能性があります。
アスピリンはワーファリンとは異なり、
CYPとのかかわりは薄く、
その作用も基本的には増強はされない筈ですが、
アスピリンとプラザキサとの併用が、
どのような相互作用をもたらすかは不明の点もあり、
特に肝臓の代謝酵素の異常が疑われるような患者さんでは、
より注意が必要だと考えられます。

アスピリンによる出血傾向の出現には、
かなりの個人差があります。
その個人差を明瞭に予測出来るような指標はありません。
この事例は何らかの要因でアスピリンの抗血小板作用が、
強く発現していた可能性があり、
そこにプラザキサが加わったことにより、
その相乗作用で、
短期間で強い出血傾向が生じ、
深刻な事態になったと考えられます。

従って、この教訓は…

【アスピリンのような、その作用の強さを簡単に計測出来ない抗血小板剤と、プラザキサとの併用は、特別の場合以外は原則として避けるべきである。】

ということです。

事例4は80代の女性で、
心房細動でワーファリンを使用しており、
ペースメーカーの挿入のため、
一旦ワーファリンが中止され、
その術後にプラザキサとアスピリンとが併用された事例です。
その開始8日後に出血傾向が生じ、
急速に出血性ショックを来して死亡されています。
ワーファリンの効きがどうであったのかは分かりませんが、
PT-INR という数値とaPTT という数値とが、
共に高度に延長している点から考えて、
ベースにはアスピリンの作用の亢進があり、
それにプラザキサが併用されたことにより、
急激に出血傾向を来した可能性が示唆されます。

つまり、事例3と同様のことが起こった可能性が高いのです。
従って、その教訓は同じです。

事例5は80歳代の女性で、
今回少し詳細が分かるまで、
僕が非常に不思議だった事例です。

血液のクレアチニン値は1.19mg/dl でそれほど悪くはなく、
使用量も1日220mgと少量を選択し、
プラザキサの効き過ぎの指標となる、
aPTT の数値も、
出血のリスクの上昇する80秒を超えていない、
安全域と考えられる75秒と記載されていたからです。
にもかかわらず、
プラザキサ使用後10日あまりで、
失血死をされているのです。

実際にはこれはワーファリンからの切り替えの事例です。

ワーファリンが通常の使用量で、
PT-INRが5 を超える数値と、
非常に不安定で効き過ぎの状態になっています。
処方を切り替えた時点でのPT-INRは、
1.5以下ですから問題はないレベルです。
(この数値が2未満であれば切り替えに問題なしと添付文書には記載があります)
しかし、ワーファリン使用時に、
既に出血傾向があり下血があった、
とのことです。

そして、プラザキサ使用後10日目に測定した、
PT-INR が2を超えていて、
その翌日には下血をしています。
aPTT の75秒というのは、
実際にはプラザキサ中止後2日の測定です。

この事例も事例3と同じように、
CYPの変異が疑われる事例です。

従って、プラザキサ開始時のPT-INR1.5以下という数値の正確性に、
何らかの問題があった可能性があります。
プラザキサは通常PT-INRは延長させないので、
ワーファリン中止後10日で2を超えているという数値との、
整合性が取れないからです。

実際にはワーファリンの効き過ぎの状態に、
プラザキサが開始された可能性が高いのでは、
と僕は思います。

従って、この教訓は…

【ワーファリンの効きが不安定な場合には、まずするべきはその原因の検索であって、CYPの変異を確認しないままに、プラザキサに切り替える時には、ワーファリンの効果が切れるまで充分に時間を置くのが望ましい。】

ということです。

一般的にはプラザキサは安定した作用の薬なので、
ワーファリンの効果が不安定な場合こそ、
その切り替えが有用だと記載されています。
しかし、ワーファリンの効き過ぎが、
生じ易いような病態では、
その切り替えは慎重に行なわないと、
重篤な出血のリスクを招くことに繋がりかねないのです。

切り替えの場合、
プラザキサ使用後1週間程度という短期間で、
出血性の合併症が生じ易い、
という事実は、
このことを強く示唆するものだと僕は思います。

CYP2C9 の多型は、
ワーファリンやアスピリンの使用時には、
本来はチェックすべきものだと思いますが、
現状はそうした検査は自費で高価なもので、
日常診療で簡便に使用出来るような、
環境作りが望まれるのではないか、
と考えます。

今日はプラザキサの副作用死亡事例について、
僕なりにより深く考えました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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六ヶ月のママ

ヒブワクチンと肺炎球菌の接種後の記事にコメントさせてもらいました
六月の記事でしたので、コメントに気づかないのではと思い、こちらでもコメント欄を使わせてもらいました。
by 六ヶ月のママ (2011-08-25 16:27) 

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