SSブログ

チェルノブイリ膀胱炎の話 [科学検証]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今日はこちら。
チェルノブイリ膀胱炎論文.jpg
チェルノブイリ膀胱炎、という概念が、
先日児玉龍彦先生の国会答弁などもあって、
話題になりました。

現在の福島原発周辺の地域でも見られるような、
「低線量」の内部被曝が長期間続くことにより、
特徴的な膀胱炎が出現し、
その持続が膀胱癌の発症に結び付くのではないか、
という仮説です。

これに関しての文献は、
複数発表されていますが、
現時点で最もまとまっているのが、
上記のCarcinogenesis 誌の2009年の文献で、
児玉先生の書かれたものも、
主にこの文献の内容から取られています。

論文の内容はどのようなものなのでしょうか?

まず疫学的データとして、
ウクライナでの膀胱癌の発症が、
1986年には100万人当たり26.2人であったのに対して、
2001年には43.3人に増加した、
というものがあります。
これは治療を要するような膀胱癌が、
増加した、という統計です。

そこで、チェルノブイリの原発事故後の内部被曝が、
そのことの原因となっているのではないか、
という仮説を、
論文の著者らは立てて、
その検証を行ないました。

その方法は次のようなものです。

ウクライナにある医療機関で、
1994年から2006年に掛けて、
前立腺肥大症の手術の行なわれた患者さんから、
採取された組織を分析しました。
(これは前立腺の全摘の手術なので、
その組織には膀胱の上皮が含まれているのです)
トータルな人数は592名。
前立腺の手術ですから基本的に男性のみですが、
慢性膀胱炎から取られた女性の組織が、
33名含まれている、と記載されています。

その組織を分析したところ、
その多くの検体に、
通常の慢性膀胱炎とは異なる変化が認められました。

これを2004年に上記論文の著者らはまとめて、
「チェルノブイリ膀胱炎(Chernobyl cystitis )」と命名したのです。

チェルノブイリ膀胱炎の特徴は何でしょうか?

それは結合織の繊維化と血管増生を伴い、
粘膜固有層の炎症細胞浸潤には乏しい、
異形成や上皮内癌の多発的な出現を伴う、
慢性の膀胱炎です。

次にこの変化と放射性物質の内部被曝との間に、
関連性があるかどうかの検証のために、
患者さんの生活していた地域を調べ、
ほぼ汚染のない地域と、
中等度の汚染地域、
そして高度の汚染地域とに分けて検討を行なっています。

この場合の症例数は、
非汚染地域が33例、
中等度の汚染地域で58例、
高度の汚染地域で73例です。

このうち、非汚染地域では上皮内癌はゼロでしたが、
中等度汚染地域では64%、
高度の汚染地域では73%で上皮内癌が検出されました。

これはあくまで上皮内癌であって、
現時点で臨床的に治療を要するような癌が見付かった、
という意味とは異なります。

その後増殖因子や癌遺伝子の発現の程度、
各種の発癌に係る遺伝子マーカーの発現の程度などが、
それぞれ検証され、
矢張り汚染地域でそうした変異の頻度も多い、
という結果が出ています。

高線量の被ばくにより、
放射線誘発性に膀胱炎が発症することがありますが、
この場合の所見は、
フィブリンの蓄積やフィブリノイド壊死、
特徴的な多核細胞を伴なった、
反応性の上皮細胞の増殖が典型的で、
チェルノブイリ膀胱炎とは異なります。
すなわち、これはより低線量の被ばくの影響によるものだ、
というのが著者らの主張です。

更には少数の汚染地域に住む女性の検体でも、
同様のチェルノブイリ膀胱炎の所見が見付かっており、
これが前立腺肥大による排尿障害が原因の所見ではないか、
という推測も否定されています。
(ただし、検体の男女比を含めた詳細は、
明らかにされていません)

そして、結論の図がこちらになります。
チェルノブイリ膀胱癌の図.jpg
図の上にセシウム137を含む放射性物質の慢性の内部被曝があり、
それが一番下の尿路系の発癌に結び付く、
という一連の流れです。

ただ、よく見て頂くと、
セシウムの内部被曝が引き起こすと仮定されているのは、
γ線とβ線によるDNA損傷で、
それが繰り返されることによる慢性の炎症性変化のみです。

その後の一連の経路は、
必ずしもセシウムを含む放射性物質の被曝に、
特有の現象と言えるものではありません。

チェルノブイリ膀胱炎が論文の著者らの言うように、
低線量の慢性のセシウムによる被曝に、
特有の現象であるなら、
それに伴う特異的なマーカーなり、
遺伝子の発現なりがあっても良い筈ですが、
それは残念ながら非汚染地域の組織の分析に比べて、
多かった、というレベルのものです。

更にはセシウムが原因だ、
という根拠はより薄弱です。

論文の中にも書かれているように、
半減期の長い放出された放射性物質はセシウムだけではなく、
ストロンチウムやプルトニウムなど、
他にも多く存在します。
実際には測定の困難さから、
セシウムのみが測定されているに過ぎません。

従って、チェルノブイリ事故後の何らかの変化が、
この現象をもたらしたことは事実としても、
それがセシウムである、
という仮定はかなり根拠の乏しい、
強引なものではないかと思います。

トータルな症例数は592例と書かれていますが、
実際に組織所見が検討されているのは、
そのうちの164例のみで、
癌抑制遺伝子の発現などが検証されているのは、
更にそのうちの50例のみです。
これは患者さんの背景などが確認出来るものを選択したため、
と思われますが、
症例のグループ分けが本当に均質なものか、
という点を含めて、
そのデータとしての精度には、
疑問の点を多く残しています。

従って、現時点のデータから、
セシウムの被曝が長期的に膀胱癌を誘発する、
という意見は、
まだ確証にはほど遠いものではないかと思います。

以上はやや辛口の感想ですが…

上記の論文自体は、
著者らのこの問題に立ち向かう、
真摯な姿勢が強く感じられる、
優れた論文だと僕は思います。

前半と結論部分だけでもお読み頂くと、
著者らが決して飾ることなく、
データの弱さや研究法の限界も正直に表明した上で、
可能な方法を丹念に積み重ねていることが分かります。

著者らの仮説が、
何処まで正鵠を得ているかはともかくとして、
こうした研究の積み重ねが、
将来的な多くの被害を防ぐことに繋がるのではないか、
と僕は思います。

今日はチェルノブイリ膀胱炎の話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
nice!(41)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 41

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0