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ヨードは母乳で10倍濃縮される [科学検証]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

3月下旬に採取された、
北関東のお母さんの母乳から、
最大で1リットル当たり30ベクレル程度の、
放射性ヨード131が、
検出されたというニュースがありました。

勿論母乳には通常は放射性ヨードが、
検出されることはありません。
放射性ヨード131は自然環境で、
存在する核子ではないからです。

原発から放出された放射性ヨード131が、
何らかの形でそのお母さんに内部被曝を来たし、
そのヨードが、
母乳から排泄されたものと考えられます。

ところで…

母乳中にはお母さんが摂取したヨードのうち、
どのくらいの量が移行するのでしょうか?

これは現時点で誰も明確な発言をしていない事項です。

日本産婦人科学会の声明では、
お母さんの摂取したヨードのうち、
多く見積もって4分の1が移行する可能性がある、
というニュアンスの説明が、
何となく自信なげな表現で、
特にその出典は示されずに記載されています。

これが出る前までは、
専門家と称する人の多くは、
「ヨードは殆ど母乳中には移行しないので安心」
という非科学的な意見を、
平然とQ&Aなどに書いていましたが、
これが出てからは、
「最大で4分の1程度が移行する」
と右に倣えの記載に修正されています。

僕は今回栄養学の文献と、
主に海外の内分泌学の教科書を読み直し、
上の声明とは異なる、
僕なりの一応の結論を得たので、
ここにご紹介します。

その結論を一言で言えば、
「ヨードは母乳で10倍濃縮される」
という見解です。

何故そうした結論に至ったかは、
これから1つずつご説明します。

僕のような、
何処の馬の骨とも分からない奴の、
言うことなど信用できん、
と思われる方は、
勿論他の権威ある方、
立派な肩書きのある方の意見を、
ご信用下さい。
僕は別にそれで構いません。

それでは始めます。

まずヨードの必要量はどのくらいでしょうか?

ヨードはもっぱら甲状腺ホルモンの原料として、
体内では使用されます。
1日の産生量から見積もると、
ロスがなければ100μgもあれば充分で、
少し安全域を取って、
概ね1日150μgのヨードを摂取すれば、
身体によっては充分だと考えられています。

これは成人の必要量で、
海外でも日本でもその設定は変わりません。
実際には、日本の必要量の設定も、
基本的には海外データを元にしています。
それは日本人のしっかりしたデータが、
実際には存在しないことを意味しているのです。

身体に摂取されたヨードは、
どのように身体に配分され、
そして排泄されるのでしょうか?

こちらをご覧下さい。
ヨード代謝図.jpg
これはWilliams Textbook of Endocrinology という、
世界で権威のある内分泌の教科書にある図です。

今回真面目に読み直してみました。

この図は必要量より大分多いですが、
1日500μgのヨードを摂取した時に、
身体にどのようにヨードが配分され、
そして排泄されるのかを示したものです。

体内のヨードの大部分は、
ご覧のように甲状腺(Thyroid)に分布しています。
このプールが8000μgくらいあります。

そして、それ以外に細胞外液(ECF)に、
250μgくらいが分布しています。

身体に吸収されたヨードは、
一旦は細胞外液プールに入り、
そのうち必要な量の120μg程度が、
甲状腺に運ばれ
(これは摂取量の2割強という計算です)、
やりとりをした後、
摂取量とほぼ同量が、
尿から排泄されます。

ここで実際に血液中のヨード濃度を測定すると、
1.0~1.5μg/dl と書かれています。
250μgが全く均等に10リットルの細胞外液に分布するとして、
2.5μg/dl になりますから、
ほぼそのレンジは一致するのです。

一方で母乳中のヨードの濃度はどのくらいでしょうか?

日本人のデータとしては、
3.3~700μg/dl というデータが、
ヨード剤の添付文書に記載されています。
かなりの幅のある数値です。
一方で海外文献にある平均の濃度は、
17μg/dl です。
これは日本人のデータとも一致しており、
定常の状態では、
ほぼこのくらいの数値が妥当と考えられます。

17μg/dl の母乳中濃度で、
哺乳量を1日0.78リットルとすると、
母乳から乳児に移行するヨード量は、
133μgということになります。

これは成人と同じかより多いヨード量です。
これはまた別個にご説明したいと思いますが、
1歳未満の乳児では、
成人より多い量の甲状腺ホルモンが、
その成長のために必要となるのです。
それが、乳児の甲状腺が放射性ヨードの被曝を、
受け易い1つの大きな理由です。

血液中のヨードの濃度が、
概ね1.0~1.5μg/dl、
母乳中の平均のヨード濃度が、
17μg/dl。
つまり、血液中より母乳中には、
10倍の量のヨードが含まれている、
ということになります。

つまり、母乳ではヨードは10倍に濃縮されているのです。

どのようなメカニズムでこうしたことが起こり、
その生体における理由は何でしょうか?

甲状腺がヨードを取り込むのは、
甲状腺の血管側に、
ナトリウム・ヨード共輸送体、
という構造があって、
能動的に組織にヨードを取り込むからです。

この共輸送体は、
甲状腺以外には、
胎盤と授乳期の乳腺にのみ、
甲状腺と比べればずっと弱いのですが、
その発現が認められています。

これが母乳中でヨードが濃縮される仕組みです。

こうした仕組みがある理由は、
勿論胎児期(妊娠11週から胎児は自分で甲状腺ホルモンを産生します)
と乳児期には、
他の時期より多くの甲状腺ホルモンが、
その成長のために必要となるからです。

そのために、
母体は妊娠中は胎盤を通して、
ヨードを胎児に多く送り、
出産後は母乳を通して、
ヨードを新生児に多く送るのです。

ここから、放射性ヨード131が、
たとえば水から100ベクレル摂取されたとして、
母乳中にどれだけの量が分泌されるかを、
考えてみましょう。

仮に放射性ヨードが5000メガベクレルあっても、
その質量はせいぜい1μgです。

つまり、放射性ヨードの内部被曝、
と言う観点で考えると、
ヨードの濃度をあまり考慮に入れる必要はありません。

問題を単純化するために、
たとえば100ベクレルの放射性ヨードを含む水を飲んで、
その後数時間で一気に1リットルを授乳した、
と考えます。
その数時間の放射線の減衰は無視します。

すると、
取り込まれた放射性ヨードは、
一旦細胞外液プールに入り、
そのうちの概ね2割が、
定常状態では甲状腺に移行します。

残りの80ベクレルのうち、
その日1リットルの母乳が分泌されるとして、
そこに10倍量のヨードが濃縮されるのですから、
細胞外液量を10リットルとして、
そこに80ベクレルを配分すると、
およそ40ベクレルが母乳中に出ることになります。

つまり全放射性ヨードのうち4割が、
ここで母乳に移行する計算になります。

通常成人量の倍量のヨードが、
授乳されているお母さんの、
必要量とされていますから、
その観点からも、
その摂取量の半量弱が、
母乳中に移行すると考えると、
ほぼ妥当な計算になります。
(これは放射線量というより、
ヨードの分布の問題です)

ただ、これは放射性ヨードが身体に入ってから、
数時間のうちに一気に授乳を行なった場合の話ですから、
実際にはもっと時間を掛けて授乳は行なわれ、
その間には尿などへの排泄もあり、
また放射線の時間による減衰も無視しているので、
それを考えると、
4分の1が移行するという何たら学会の声明は、
意外に正しい、ということになります。

何かちょっと悔しいですね。

今日は母乳中へのヨードの移行に対して、
現時点で僕が集められたデータを元に、
僕なりに考えてみました。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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クイズ

30ベクレルの放射性ヨード131を検知するために必要な母乳の量は何リッターでしょうか?
by クイズ (2011-04-28 23:43) 

NO NAME

横やりになってしまいますが、クイズの答えを…。
検体の母乳は数百mlだったみたいですよ。
水道水などと比較するために単位を揃えたのでは?

しかし、母乳に少しでも含まれた事実がもう恐ろしいです。
私も怪しいものを飲んでいたことが分かって心配です。
例えば放射性ヨウ素とセシウム、ストロンチウムによる内部被曝をしているかどうか、
お医者さまで調べていただくことはできるでしょうか?
by NO NAME (2011-04-30 04:28) 

fujiki

クイズさんへ
ご一読ありがとうございます。
クイズは苦手で以前からあまり当たったことがないので、
解答はご容赦下さい。
by fujiki (2011-04-30 08:23) 

fujiki

NO NAMEさんへ
コメントありがとうございます。
僕も120mlという報道の記載を、
読んだことがあります。
検査法の詳細は分かりませんが、
今回の事故以前に、
水道水の放射性ヨード131を測ったデータ、
というのがあり、
それは放射性ヨードの治療をされた患者さんからの、
二次被曝の検証のためだったようですが、
1リットル当たり0.01ベクレルというような数値が、
行政の文書に書かれています。
何処まで根拠のあるものかは分かりませんが、
理論上はこうした計算も可能のようです。
うがった見方をすれば、
ヨード131は治療目的で使用され、
患者さんからある程度の量が、
尿や便などに排泄されるので、
それを検出する可能性もあるのですが、
数値的には桁の違うレベルで、
間違っても30ベクレルにはならないと思います。

内部被曝の診断は、
通常の医療機関では出来ません。
今後はそうした行政の機関が、
設置されることになるのでしょうが、
検査のハードルは高いような気がします。
アスベストと同じように、
矢張りNPOのような、
民間の調査が独自に行われることが、
重要なのではないかと思います。

そう言えば、タバコと放射能を比較する人は、
山のようにいますが、
アスベストと放射能を比較する人はいませんね。
どちらも行政や御用学者にとっては、
都合の悪いデータになるからかも知れません。
by fujiki (2011-04-30 08:34) 

mihoko

はじめまして。
海藻などから摂る普通(?)のヨードも、放射性ヨードも
母乳に移行する率は同じと考えてよろしいでしょうか?

原発事故以前に母親が食べていた海藻類のヨードが
多少なりとも母乳を通じて赤ちゃんの甲状腺にストックされていたら、
放射性ヨードは少しは取り込みにくくなる、という理解でよろしいでしょうか?
by mihoko (2011-08-22 23:49) 

fujiki

mihoko さんへ
身体は基本的に放射性ヨードと、
非放射性のヨードを、
区別はしないので、
そのご理解で良いのではないかと思います。
by fujiki (2011-08-23 08:20) 

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