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放射線量と発癌リスクについて [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

診療所は今日も通常通りの予定です。
朝から介護保険の書類など書いて、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

人間の身体の被爆による影響について、
僕のお話出来る点についてのみ、
主に発癌にターゲットを絞って、
今日は説明したいと思います。

一昨日福島の原発の正門付近で12mSv(ミリシーベルト)、
爆発した外壁の周辺で400mSvの放射線が、
検出された、との報道がありました。
これは1時間当たりの被爆線量です。

この放射線量は、
一体その程度のレベルのもので、
その放射線により、
生体にどのような影響が予想されるのでしょうか?

まず基本的な事項として、
幾つかの点を確認しておきます。

放射線の被曝を考える場合、
その被爆量を、
通常シーベルト(Sv )という単位で、
表現します。

通常1枚の胸のレントゲン写真を撮影すると、
0.02 ~0.05mSv (ミリシーベルト)の放射線に、
被爆します。
最近の報道はμSv(マイクロシーベルト)単位のことが多く、
それに直すと、20~50μSvです。

1年に自然に浴びる放射線量が1mSv~2mSv程度、
100%致死線量が7000mSv。
つまり、7000mSvの放射線を一度に浴びると、
ほぼ100%死亡します。
この2つの数字の間に、
様々な放射線の被曝による影響が、
存在している、
ということになります。

昨日テレビを見ていたら、
放射線被爆の急性症状は、
250mSvを超えると現われる、
と説明していました。

これは誤りではありませんが、
ちょっと誤解を招く点があります。

たとえば白血球の減少は、
概ね250mSv以上の被爆で生じますが、
妊娠されている女性の方の場合、
胎児の奇形の発生は、
妊娠週数にもよりますが、
100mSv以下でも生じるとされています。
つまり、お子さんへの影響は、
より低い線量の被爆でも起こり得ます。

そして、発癌は確率的な影響、
ということになりますので、
これまでの線量のデータとは、
また別物になります。
つまり、被爆による将来の発癌のリスクの上昇は、
より低い線量の被爆でも起こり得ます。

2000年頃にまとめられた、
広島・長崎の被爆者を検討したデータによると、
10~100 mSv の被爆を受けた方で、
癌の発生のリスクがある、と報告されています。
つまり、レントゲン写真を500枚以上撮ると、
それが将来の癌の発生に結び付く可能性がある、
ということになります。
これは上に挙げた線量より、
より低い線量の被爆による影響です。

現在の癌と放射線被爆との関連を示すデータは、
全てこの日本の被爆者の追跡調査と、
チェルノブイリの原発事故の被爆者の調査とが、
その基礎になっています。

さて、放射線を使用した検査で被爆するような線量は、
今問題になっている原発事故で放出される線量よりも、
ずっと低レベルのものです。
しかし、低レベルでも癌になるリスクは、
若干ながら高まるのです。
これを Lifetime Attributable Risk of Cancer という指標で解析します。
これは2006年に国際的な報告書が作成され、
その元になったデータは、
勿論日本の被爆者のものです。

ただ、これには異論もあって、
日本の研究者は、元データでは、
被爆地からの距離で被爆量を推定しているのですが、
それは食事や飲み水などによる内部被爆を無視した計算なので、
実際にはもっと大量の被爆をしている筈だ、
という反論をしています。

被爆者から得られた放射線の影響についてのデータに、
それは厳し過ぎるのではないか、
と被爆地の研究者が反論するのです。
海外の人が放射線は危ないよ、
というデータを出しているのに、
日本の研究者が、
そんなことはない放射線は安全だ、
と反論しているのですから、
何と言うか、複雑な気分になります。
(日本の学会の公式な見解は、
100mSv以下の被爆では、
癌のリスクは上昇しない、というものです。
ただ、それは必ずしも世界的に一致した見解ではありません)

ここからは癌のリスクの解析になります。

ある被爆を受けた時に、
将来そのために癌になる危険性が高いかどうかは、
その年齢や性別により異なります。

僕の手元にあるデータは、
放射線を使用した検査についてのものですので、
原発の事故とは異なりますが、
それに即して説明します。

40歳の女性が7mSvの被爆をすると、
8105人に1人の比率で、
そのための癌が発生する、という計算がされます。
これがもし60歳の女性ですと、
12250人に1人の比率になります。
つまり年齢が上がれば、
その後の癌が発生するリスクは減ります。
これは癌化には20年以上掛かるという、
推論があるからです。
そして同年齢のリスクは、
男性より女性の方が上なのです。

従って、被爆を受けた時の将来の癌化のリスクは、
被爆を受けた年齢や性別によって異なります。
女性は男性より危険性が高く、
年齢が低いほど、そのリスクは高まります。

被爆の将来的な影響を受け易いのは、
女性でありお子さんです。
つまり、そうした方を優先的に、
放射線の被曝の影響から守らなければいけません。

一昨日検出された12mSvは、
確かに急性症状を起こす線量ではありませんが、
その量を1時間以上浴び続ければ、
将来の癌のリスクを上昇させる、
そうした線量ではあるのです。

基本的に今言われているような低レベルの被爆は、
勿論大多数の人間には影響はないのです。
それは退避地域の多くにおいても同じです。
ただ、小さなお子さんや若い女性、妊娠されている方では、
その危険度はより大きなものと考えた方が良いので、
将来の癌のリスク上昇、ということまで含めて考えれば、
通常より注意を払う必要はあると僕は思います。

こうした理解の上で、
線量のデータの推移を、
注意深く見守る必要があると思います。

今日は放射線の被爆量と、
将来の発癌リスクについての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

きっと今日は良いニュースがもたらされることを信じつつ、
診療に向かいたいと思います。

石原がお送りしました。
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コメント 17

midori

昨日は、出社するなり
「もうチェルノブイリじゃね?」などと
軽い調子で言ったヤツがおり、
それを聞いてからどうにも涙が止まらなくなってしまいました。
その人も不安感から逃れるために思わず言ったのだと思いますし、
私の存在に気づいたのか、その後はずっと神妙にしていたので
怒る気にはなれませんでした。
私も他人事なら言いかねないとも思うし。
みんなをこんな不安に陥れているこの現状を呪うしかありません。
先生に頂いたメールや、更新してくださるブログを読んで、
なんとか心を落ち着けています。ありがとうございます。
by midori (2011-03-17 11:27) 

rtfk

広島の市民は特別な想いと感情を持って見守っています。
by rtfk (2011-03-17 11:32) 

いち

先生おどかさないでください。私は、5回もCT半年でうけてます。そうすると、35mシーベルトになってしまいます。どうしようも無いかもしれませんが、疾病不安な私は凄く、焦りをかんじてしまいました。その他、毎年胃バリウムやX線など、確率が上がって行くのが怖いです。ヘリカルCTは7いじょうありますかね。
by いち (2011-03-17 18:53) 

ゆうな

 透析現場では。
 透析に来られる患者様の中にも色々な方がおられます。
 透析中にニュースを見ながら、うんちくを仰りながら、ドライウェイトを大幅に上回り、1キロ以上お持ち帰りになられる方がおられます。
 いつもテレビを寝ながら流している方が、数日前から画面は暗いままで、どうされたのかしらと内心で心配していたところ、節電に心がけておられると気付いたのは、今日のことです。
 色々な方がおられますが、透析に必要な水道水がどれほどの量なのかを、初めてテレビの報道でお知りになられた方があまりにも多く・・・。
 もし、透析スタッフに関係しておられる方が、このコメントをご覧になられたなら、貴方たちがどれだけ多くの恩恵を受けながら毎日を過ごせて(過ごすことが出来て)いるのかをきちんと考えて頂ける様、周りの方達に、解かる言葉で説明してあげて下さいね。
 先生のブログで、余計なコメントを入れることへの御無礼を承知の上ですが、どうしても黙っていられないことも、あるのですね。
 勿論、削除は先生にお任せ致します。
 
by ゆうな (2011-03-18 00:21) 

つっちゃん

そういえば、私も10年前にレントゲンを集中的に受けた事があります。
膝の前十字靭帯の手術の時でしたが、ちょっと気にしていた時期がありました。
ただ、その処置も含めた治療のおかげで仕事もでき、時々の停電も睡眠の時間ととらえてすごしています。
昨年は、アイソトープも受けたり、医療的には放射線の御世話になっています。
福島の原発事故、早く終息を迎えて欲しいと思っています。
by つっちゃん (2011-03-18 00:23) 

fujiki

midori さんへ
お互いにもう少しねばりましょうね。
何か不謹慎な娯楽がほしいな、
とそんなことも考えます。
by fujiki (2011-03-18 08:01) 

fujiki

rtfk さんへ
コメントありがとうございます。
何か…無念ですね。
by fujiki (2011-03-18 08:02) 

fujiki

いちさんへ
被爆の影響は、
別にそのまま合算されるものではないので大丈夫です。
ヘリカルCTの被爆量はもっとずっと低いのです。
気にした方が良いのは、
小さいお子さんと若い女性だけです。

by fujiki (2011-03-18 08:06) 

fujiki

ゆうなさんへ
コメントありがとうございます。
いつ停電するか分からず、
流通も不確かな東京に、
多数の被災地の透析患者さんを受け入れる、
というようなニュースがあり、
非常に心配しています。
by fujiki (2011-03-18 08:09) 

fujiki

つっちゃんさんへ
コメントありがとうございます。
本当に一刻も早く終息に向かって欲しいと思います。
by fujiki (2011-03-18 08:11) 

いち

先生、いつもありがとうございます。現状の日本の不安と、自分自身の病気の不安がごっちゃまぜになっております。被災者の方の苦しみは、想像を絶します。原発消火に挑んでいる方々には、心から敬意と感謝をしたいです。先生もお身体に気を付けてくださいね。
by いち (2011-03-18 09:00) 

stargazer

放射線の単位にはSv(等価線量)、Bq(放射能)、Gyやrad(吸収線量)等々があると思うのですが、これらにそれぞれ換算式などあるのでしょうか。もしご存知でしたら、ご教示いただければ幸甚です。(すみません、コメント欄に書くことではないかもしれませんが・・・)
by stargazer (2011-03-18 20:17) 

fujiki

stargazer さんへ
放射線の専門家ではないので、
素人の調べた範囲の知識ですが…

Bq(ベクレル)は放射能の強さを示す単位で、
以前はCi(キューリー)と言っていて、
1Ci=3.7×1010Bqです。

Sv(シーベルト)は放射線の量を示す単位で、
空間線量計という器具があり、
その単位がSv/h なので、
その数値が煩雑に今ニュースで流れます。
厳密に言えばその計器の数値と、
実際に人間がそこで受ける被爆量とは、
等価ではないのですが、
単位が同じなので何となくそのように扱われ、
それも混乱を招く元になっていると思います。
たとえば、250mSvで白血球が減少する、
というのは、計器の数値の話ではなく、
そのだけの量を一時に被爆した、
という意味です。
rad とGy(グレイ)、rem は矢張り放射線量の単位で、
100rad=1Gy、100rem=1Sv で、
人体に対して1radのγ線と、
同じ生物学的効果を示す線量が、
1remです。

放射線量と放射線の強さとの換算は、
その核種により異なるので、
単純には換算出来ないようです。
(核子がヨウ素であれば、その換算式が存在します)
by fujiki (2011-03-18 20:54) 

stargazer

お忙しい中、とても早くて丁寧なご回答、ありがとうございました。
やはり単純には線量と放射能は換算できないんですね。
勉強になります!
今回の原発事故で放射線物理学を勉強してみたくなりました。
連休で何か初歩的な本から探してみようと思います。
by stargazer (2011-03-18 22:21) 

アメリカ在住の放射線科医

先生のご意見に同感です。
「100mSV以下は問題ない」だけを叫び続けている、先生方に読んで頂きたい記事です。
彼らにも、自分の家族だったらどうするかという立場で本音を話してもらいたいものですね。
もちろん低い線量のリスクはパニックになるほど高いものではありませんが、政治的、商業的立場からの見解だけを強調されても損をするのは、結局何もしらない一般市民ですから。国内の学会も「安全です」を繰り返しています。彼らの立場も分かりますが、立場よりも医師としてモラルのある発言を期待したいですね。 この問題が難しいのは、被ばくのリスクを強調しても金銭的なメリットが生まれない事にあると思っています。巨額投資をして原発を初めとした放射線関連インフラや医療機器が作られていますが、彼らに全く商業的メリットがありません。CT等にしても、少しでも多く稼働させたいという病院も多いでしょうし。
そこで忘れられているのは国民の健康で、非常に遺憾ですが。
by アメリカ在住の放射線科医 (2011-03-20 11:14) 

fujiki

放射線科医さんへ
コメントありがとうございます。
CT検査の被爆などに、
ご不安を感じる患者さんも多くいらっしゃるので、
そうした方の不安を煽るようでもいけませんし、
どう書いていいものか非常に迷います。

後半は以前の記事の焼き直しなのですが、
不安を煽り過ぎる内容にならないように、
ちょっと神経を遣いました。

ともかく一刻も早い事故の終息を、
本当に祈るしかない気持ちです。
by fujiki (2011-03-20 11:56) 

アメリカ在住の放射線科医

そのバランスが非常に難しいところですよね。その点でも先生の文章は素晴らしいと感銘を受けました。母国の状況を憂いておりましたが、このような先生もいらっしゃる事を知り少し救われた思いです。
by アメリカ在住の放射線科医 (2011-03-20 12:15) 

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