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続・プラザキサは福音なのか? [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。

それでは今日の話題です。

今日は昨日に引き続いて、
ワーファリンに代わり得る、
新たな抗凝固剤、
ダビガトラン(商品名プラザキサ)の話です。

ダビガトランという薬のポイントは、
その脳塞栓予防効果において、
本当にワーファリンと同等かそれに勝る効果の薬剤なのか、
という点が1つ、
そして、
その出血などの副作用は、
本当にワーファリンより少ないのか、
という点がもう1つです。

ワーファリンが慢性の心房細動という不整脈における、
脳塞栓を予防する効果がある、
というのは現時点で立証された事実です。

よく引用されている、
2007年のメタアナリシスの海外文献によれば、
ワーファリンは脳塞栓を64%予防する、
とされています。
アスピリンの予防効果は2割程度ですから、
その差は明らかです。
ただ、75歳以上の高齢者においては、
血管の脆弱性から脳出血の副作用も増加するため、
生命予後は延長しなかった、
というデータもあります。
脳塞栓のリスクも年齢と共に増加するので、
ここにはジレンマがあるのですが、
概ね60歳以上で糖尿病や高血圧など、
脳塞栓のリスクのある人では、
ワーファリンの使用のメリットが、
副作用などのデメリットを上回る、
というのが一般的な考え方です。

ただ、昨日お話したように、
ワーファリンには特有の使い辛さがあり、
そのために必要な患者さんでも、
ワーファリンが使われないケースも多く、
また使用していても、
その効果が充分に発揮出来ていない、
というケースも多いことが、
しばしば指摘されて来ました。

その点において、
ダビガトランが遥かに使い易い薬であることは事実です。

その効果のワーファリンとの比較と、
副作用の多寡については、
2009年のNew England Journal of Medicine誌に、
その大規模な臨床試験の結果が、
報告されています。

対象は18000名を超える慢性心房細動の患者さんで、
その人数をワーファリンの使用群と、
ダビガトランの通常量群、
そして低用量群とに割り付けて、
平均2年間の経過観察を行ない、
その脳塞栓予防効果と副作用の有無などを検討しています。

その結果、
低用量のダビガトランとワーファリンは、
ほぼ同等の脳塞栓予防効果があり、
通常量のダビガトランは、
それよりやや上回る予防効果が確認されました。

脳出血の発症は、
ダビガトラン群の方が、
ワーファリンより有意に少ないものでした。

つまり、この結果だけを見ると、
ダビガトランを通常量使用することが、
より脳塞栓の予防に繋がり、
脳出血の合併症も起こし難いのでは、
ということになります。

ただ、一方でダビガトラン使用群では、
心筋梗塞の発作や消化器症状が、
有意に多かった、というデータも、
同時に得られています。
消化器症状では特に消化不良が多く報告され、
腹痛などのため服用の継続が困難になるケースも、
少なからずあるようです。
心筋梗塞の発症の増加は、
必ずしも関連性が明確ではありませんが、
同じ抗トロンビン剤で開発が中止となった、
キシメラガトランでも同様のリスクが指摘されていて、
今後より注意を要する点ではないかと思われます。

ダビガトランはワーファリンと違って、
他の薬剤との相互作用が殆どない薬剤ですが、
抗不整脈剤のワソランやアミオダロン、
キニジンなどの血液濃度は上昇させるとされていて、
その併用には注意が必要です。

ワーファリンとダビガトランの効果を厳密に比較するには、
どちらの薬が選ばれるかをくじ引きで決め、
患者さんや処方する医者にも、
どちらが使われているのかを、
秘密にして行なうのが最も厳密な方法です。

しかし、ワーファリンは定期的に、
その効果を検査でチェックし、
その用量を変える必要のある薬なので、
実際にはそうした試験を行なうことは不可能です。

しかも、ワーファリンの効果は、
その効き具合によって違うのですが、
上記の論文では、
必ずしも良いコントロールばかりではなかったことが、
指摘されています。
つまり、ワーファリンが理想的なコントロール状態にあれば、
その効果は通常量のダビガトランに匹敵する、
という考え方も成り立つのです。

従って、現状のデータの範囲で言えば、
全てのワーファリンを使用している患者さんを、
ダビガトランに切り替えるのは適切とは言えず、
ワーファリンの使用で、
良好なコントロールが得られ難い患者さんに限って、
ダビガトランに変更を考慮するのが、
適切ではないかと僕は思います。

ダビガトランの日本での用量設定は、
基本的に海外用量と同一です。
勿論こうした薬剤は予防効果がなければ意味がないので、
同じで悪い訳ではありませんが、
臨床試験は日本でも行なわれたとは言え、
人種差もあり、
ワーファリンの使用量も、
欧米より控え目な現状を考えると、
低用量(1回110mg)を基本として、
増量可とした方が、
より安全であったのではないかと、
そうした危惧も感じざるを得ません。

それでは今日のまとめです。

ダビガトランは、
ワーファリンを使用している患者さんの代替薬として、
非常に優れた特徴を多く持つ薬剤ですが、
その効果はコントロールの良好なワーファリンを、
大きく凌ぐ、というものではなく、
脳出血などの重篤な合併症も、
やや少ない、という程度であり、
ワーファリンにはない心筋梗塞の発症などの、
有害事象の存在も現時点で否定は出来ません。
従って、その使用は患者さんの状態から、
慎重に判断するべきであって、
その安全性は日本国内においても、
慎重に検討されるべきではないかと思います。
海外でもその安全性は、
現時点ではせいぜい2年程度しか、
確認されてはいないのです。

僕は個人的には、
絶対適応と考えられる患者さんを除いては、
発売後1年間は慎重投与の方針で考えたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 10

iyashi

確かにワーファリンでうまくコントロール出来ているのであれば、変更しない方が良いのでしょうね。
プラザキサとワーファリンの効果が、日本人ではその効果の優位さも、まだわからない訳ですから。
あとは患者さんの希望次第ですね。
by iyashi (2011-01-26 08:21) 

マープル

お陰様で ワーファリンやプラザキサの事 よく理解できました。
相互作用もないし ワーファリンでいつもINR値を気にされている患者さんにとってはプラザキサはいい薬かもしれませんね。
ただ先生の仰るように安全性が気になります。
夢のような薬 のふれこみだったイレッサも投薬していて患者さんの副作用を見たものにとっては 新薬は恐いです。
こんなに 早く承認されるのは 需要が多いのでしょうか?

by マープル (2011-01-26 10:21) 

fujiki

iyashi さんへ
コメントありがとうございます。
キシメラガトランの開発中止もありましたし、
発売からしばらくは、
ちょっと慎重に様子を見た方が良いのでは、
と僕は思います。
by fujiki (2011-01-27 08:18) 

fujiki

マープルさんへ
コメントありがとうございます。
確かに需要は多いのだと思います。
ただ、この薬はワーファリンという代替薬があるのですから、
緊急での承認が必要だったのかな、
という思いはします。
by fujiki (2011-01-27 08:19) 

九子

fujiki先生、いつもためになるブログを有難うございます。先生のところで読ませて頂くのが唯一のお勉強みたいになっている九子です。(^^;;
ワーファリンの代替薬、新薬ですから値段は高いのでしょうね。
何と言ってもワーファリンは安かったので、ワーファリンが合う患者さんにとってはそれも福音だったと思います。
by 九子 (2011-01-29 17:38) 

ひろぶー

初めまして。
心房細動があり、約1年ワーファリンを服用しているものです。
今日、主治医に思い切って聞いてみました。
いつまで薬を飲み続けるのか?
「一生飲むことになります。」と、
はっきり言われました。
その際、新薬の話をされました。
ただ値段が高いとの事で、今回は断りました。
色々調べているう内に、このブログにたどり着きました。
参考になりました。ありがとうございます。
突然のコメントスミマセンでした。

by ひろぶー (2011-04-08 21:59) 

ひろぶー

初めてなのにトラックバックもしました。
許可お願いします。
心房細動をわずらい、その後パニック障害に・・
当初、パニック障害と心臓病の区別がつかず救急車を数回呼んでしまいました。心房細動以外に他の病気もあると思い、自分で色々病院を回り
心療内科にたどり着きました。それ以来、救急車を呼ぶこともなくなりました。頓服薬で今のところ治まります。
長文失礼しました。
by ひろぶー (2011-04-09 02:23) 

fujiki

ひろぶーさんへ
コメントありがとうございます。
そうですね。
値段の高さは強調するべき点だったと思います。
そうしたことには、
どうも医者は鈍感な面があります。
トラックバックはして頂いて構いません。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2011-04-09 08:37) 

ぶーやん

初めまして、私は卵円孔開存により脳卒中を5回おこしています。ちなみにワルファリンアレルギーで色々な薬でアレルギーを起こします。2週間程前からプラザキサを服用し始めましたが、平熱+2度位の微熱が出ています。なんか身体に合っているのかよくわかりません。
by ぶーやん (2011-05-10 16:39) 

fujiki

ぶーやんさんへ
コメントありがとうございます。
お風邪かも知れませんが、
プラザキサは決して副作用の少ない薬ではなく、
主治医の先生にご相談された方が良いと思います。
by fujiki (2011-05-11 08:51) 

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