プラザキサは福音なのか? [医療のトピック]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
先週の金曜日に、
プラザキサ(一般名ダビガトラン)という新薬が、
申請から10ヶ月という短期間で、
スピード承認されました。
アメリカの承認が昨年の10月ですから、
それほど期間を置かずに承認されたことになります。
この薬は世界で最初に発売となった、
飲み薬の「直接トロンビン阻害剤」です。
トロンビンというのは、
血の塊、すなわち血栓が作られる時に、
不可欠な働きをする酵素です。
ダビガトランはこのトロンビンに結合し、
その働きを妨害するので、
血液は血栓という塊を作ることが、
出来なくなってしまうのです。
つまり、ダビガトランは血栓を、
作り難くするタイプの薬剤です。
こうした薬を抗凝固剤と呼んでいます。
紛らわしい言い方に、
抗血栓剤や抗血小板剤があります。
血管に小さな傷が出来て出血すると、
まずは血小板がくっついて、
糊のような血小板血栓を形成します。
しかし、それだけで止血出来ないような傷の修復には、
血液自体が部分的に固まる必要が生じます。
これが血液凝固で、
それを防いで血の塊を作られ難くするのが、
抗凝固剤です。
一方で血小板の働きを弱め、
血小板血栓を作られ難くするのが、
抗血小板剤です。
そして、こうした薬剤の総称が、
抗血栓剤なのです。
アスピリンやプレタール、
パナルジンやプラビックスは、
抗血小板剤です。
動脈硬化による脳梗塞や心筋梗塞の予防には、
血小板の機能を弱めることが有用なことが、
これまでの多くの研究で分かっているので、
抗血小板剤が使用されるのが一般的です。
他方足の静脈に血の塊が出来たり、
心臓の中に血の塊が出来て、
肺や脳に塞栓症を起こすことがあります。
足の静脈瘤に出来た血の塊が、
肺に飛んで起こる病気が肺塞栓で、
心房細動という慢性の不整脈のために、
心臓の中に血の塊が出来、
それが脳に飛んで起こすのが脳塞栓です。
こうしたケースでは血小板の働きを抑えても、
その効果は限定的なので、
血液が固まること自体を抑える、
抗凝固剤が使われているのです。
その意味で、
抗凝固剤は抗血小板剤より、
より強力な抗血栓剤である、
という言い方も出来るかも知れません。
この目的で使用される代表的な薬剤は、
ヘパリンとワーファリンです。
このうちヘパリンは注射剤なので、
主に病気の急性期に入院で用いられ、
慢性期の予防にはワーファリンが主に使われるのが一般的です。
皆さんの中にも、
心房細動という不整脈をお持ちで、
ワーファリンを飲まれている方が、
いらっしゃると思います。
ただ、このワーファリンには幾つかの欠点があります。
まず、その効果はビタミンKの摂取により左右されるので、
納豆などの食品を、
ワーファリンを飲んでいる人は、
普段食べることが出来ません。
しかし、ビタミンKはそれ以外にも、
多くの食品に含まれているため、
完全にそれを排除することは不可能で、
そのためにワーファリンの効きは、
日々一定という訳にはいかなくなります。
また、肝臓の代謝酵素などの影響を、
受け易いのも特徴で、
そのために多くの薬と相互作用があり、
常に他に使用する薬との相性を、
医者も患者さん自身も、
注意していなければいけません。
ワーファリンの副作用のうち、
最も深刻なものは出血です。
ただ、これは副作用というより、
作用が強過ぎてしまう、と言うべきかも知れません。
そもそも血の固まるのを防ぐ薬なのですから、
出血が止まり難くなるのは当然のことです。
そのため、胃潰瘍による出血や、
脳出血の発症が、
時に致死的になることもあり、
大きな問題になります。
ワーファリンを使用中の患者さんは、
従って定期的に胃カメラや、
脳のMRI をチェックして、
出血の病巣がないかどうかを確認すると共に、
ワーファリンの効きをチェックする必要があります。
そのために主に使用されているのが、
プロトロンビン時間、という検査で、
そのINR という数値が、
日本では1.6~2.6くらいになるように調節します。
(欧米では概ね2~3が指標になります)
この数値が高いほど、
血液は固まり難くなることを示しています。
従って、この数値が高ければ、
それだけ血栓が出来難くなるのですが、
それは他方では、
出血の副作用が増えることを示しているのです。
ただ、問題はお薬を飲む患者さん側の、
出血のし易さにあるのです。
問題を脳出血に限定すれば、
脳の血管が脆くなっているような患者さんでは、
それだけ出血の危険性は増します。
また、血圧の状態が不安定であれば、
それも脳出血を起こし易くなる要因になります。
しかし、血圧の変動はともかく、
血管が脆いかどうかを、
簡単な検査で判断することは現状では困難です。
つまり、実際にワーファリンが使用されている患者さんの中には、
ワーファリンによって、
脳塞栓の発症が予防されている人がいる一方で、
血管が脆く、却ってワーファリンにより、
脳出血のリスクを増しているような患者さんもいるのです。
日本人には脳出血が多いことは、
広く認められた事実です。
その原因は塩分の摂取にもありましたが、
それ以外にも体質的な血管の脆弱性が、
関与していることも想定されます。
従って、欧米と同様の基準を用いて、
抗凝固療法を行なうことは、
危険なケースがあり、
そのためワーファリンの使用の基準も、
欧米より副作用の発生に配慮したものになっています。
そこで今回のダビガトランですが、
この薬は肝臓のCYPという酵素の代謝を受けず、
またビタミンKとの関連性もないので、
基本的には食事や併用薬を気にすることなく、
その使用を行なうことが出来ます。
(若干の例外はあるので、
その点については明日説明します)
その効果はワーファリンとほぼ同等、
と考えられています。
この薬が非常に使い易い薬であることは確かです。
患者さんの側からすれば、
プロトロンビン時間を測定して、
その量を変える、という必要性もありませんし、
他の薬を飲む時に、
一々主治医に確認する必要もありません。
更には納豆もブロッコリーも、
気にせず食べることが出来ます。
発売されれば、雪崩を切って、
ワーファリンの処方が、
ダビガトランにスイッチする事態が想定されます。
しかし、本当にこのダビガトランは、
良いこと尽くめの薬なのでしょうか?
明日はちょっとその点を、
より深く考えてみたいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
先週の金曜日に、
プラザキサ(一般名ダビガトラン)という新薬が、
申請から10ヶ月という短期間で、
スピード承認されました。
アメリカの承認が昨年の10月ですから、
それほど期間を置かずに承認されたことになります。
この薬は世界で最初に発売となった、
飲み薬の「直接トロンビン阻害剤」です。
トロンビンというのは、
血の塊、すなわち血栓が作られる時に、
不可欠な働きをする酵素です。
ダビガトランはこのトロンビンに結合し、
その働きを妨害するので、
血液は血栓という塊を作ることが、
出来なくなってしまうのです。
つまり、ダビガトランは血栓を、
作り難くするタイプの薬剤です。
こうした薬を抗凝固剤と呼んでいます。
紛らわしい言い方に、
抗血栓剤や抗血小板剤があります。
血管に小さな傷が出来て出血すると、
まずは血小板がくっついて、
糊のような血小板血栓を形成します。
しかし、それだけで止血出来ないような傷の修復には、
血液自体が部分的に固まる必要が生じます。
これが血液凝固で、
それを防いで血の塊を作られ難くするのが、
抗凝固剤です。
一方で血小板の働きを弱め、
血小板血栓を作られ難くするのが、
抗血小板剤です。
そして、こうした薬剤の総称が、
抗血栓剤なのです。
アスピリンやプレタール、
パナルジンやプラビックスは、
抗血小板剤です。
動脈硬化による脳梗塞や心筋梗塞の予防には、
血小板の機能を弱めることが有用なことが、
これまでの多くの研究で分かっているので、
抗血小板剤が使用されるのが一般的です。
他方足の静脈に血の塊が出来たり、
心臓の中に血の塊が出来て、
肺や脳に塞栓症を起こすことがあります。
足の静脈瘤に出来た血の塊が、
肺に飛んで起こる病気が肺塞栓で、
心房細動という慢性の不整脈のために、
心臓の中に血の塊が出来、
それが脳に飛んで起こすのが脳塞栓です。
こうしたケースでは血小板の働きを抑えても、
その効果は限定的なので、
血液が固まること自体を抑える、
抗凝固剤が使われているのです。
その意味で、
抗凝固剤は抗血小板剤より、
より強力な抗血栓剤である、
という言い方も出来るかも知れません。
この目的で使用される代表的な薬剤は、
ヘパリンとワーファリンです。
このうちヘパリンは注射剤なので、
主に病気の急性期に入院で用いられ、
慢性期の予防にはワーファリンが主に使われるのが一般的です。
皆さんの中にも、
心房細動という不整脈をお持ちで、
ワーファリンを飲まれている方が、
いらっしゃると思います。
ただ、このワーファリンには幾つかの欠点があります。
まず、その効果はビタミンKの摂取により左右されるので、
納豆などの食品を、
ワーファリンを飲んでいる人は、
普段食べることが出来ません。
しかし、ビタミンKはそれ以外にも、
多くの食品に含まれているため、
完全にそれを排除することは不可能で、
そのためにワーファリンの効きは、
日々一定という訳にはいかなくなります。
また、肝臓の代謝酵素などの影響を、
受け易いのも特徴で、
そのために多くの薬と相互作用があり、
常に他に使用する薬との相性を、
医者も患者さん自身も、
注意していなければいけません。
ワーファリンの副作用のうち、
最も深刻なものは出血です。
ただ、これは副作用というより、
作用が強過ぎてしまう、と言うべきかも知れません。
そもそも血の固まるのを防ぐ薬なのですから、
出血が止まり難くなるのは当然のことです。
そのため、胃潰瘍による出血や、
脳出血の発症が、
時に致死的になることもあり、
大きな問題になります。
ワーファリンを使用中の患者さんは、
従って定期的に胃カメラや、
脳のMRI をチェックして、
出血の病巣がないかどうかを確認すると共に、
ワーファリンの効きをチェックする必要があります。
そのために主に使用されているのが、
プロトロンビン時間、という検査で、
そのINR という数値が、
日本では1.6~2.6くらいになるように調節します。
(欧米では概ね2~3が指標になります)
この数値が高いほど、
血液は固まり難くなることを示しています。
従って、この数値が高ければ、
それだけ血栓が出来難くなるのですが、
それは他方では、
出血の副作用が増えることを示しているのです。
ただ、問題はお薬を飲む患者さん側の、
出血のし易さにあるのです。
問題を脳出血に限定すれば、
脳の血管が脆くなっているような患者さんでは、
それだけ出血の危険性は増します。
また、血圧の状態が不安定であれば、
それも脳出血を起こし易くなる要因になります。
しかし、血圧の変動はともかく、
血管が脆いかどうかを、
簡単な検査で判断することは現状では困難です。
つまり、実際にワーファリンが使用されている患者さんの中には、
ワーファリンによって、
脳塞栓の発症が予防されている人がいる一方で、
血管が脆く、却ってワーファリンにより、
脳出血のリスクを増しているような患者さんもいるのです。
日本人には脳出血が多いことは、
広く認められた事実です。
その原因は塩分の摂取にもありましたが、
それ以外にも体質的な血管の脆弱性が、
関与していることも想定されます。
従って、欧米と同様の基準を用いて、
抗凝固療法を行なうことは、
危険なケースがあり、
そのためワーファリンの使用の基準も、
欧米より副作用の発生に配慮したものになっています。
そこで今回のダビガトランですが、
この薬は肝臓のCYPという酵素の代謝を受けず、
またビタミンKとの関連性もないので、
基本的には食事や併用薬を気にすることなく、
その使用を行なうことが出来ます。
(若干の例外はあるので、
その点については明日説明します)
その効果はワーファリンとほぼ同等、
と考えられています。
この薬が非常に使い易い薬であることは確かです。
患者さんの側からすれば、
プロトロンビン時間を測定して、
その量を変える、という必要性もありませんし、
他の薬を飲む時に、
一々主治医に確認する必要もありません。
更には納豆もブロッコリーも、
気にせず食べることが出来ます。
発売されれば、雪崩を切って、
ワーファリンの処方が、
ダビガトランにスイッチする事態が想定されます。
しかし、本当にこのダビガトランは、
良いこと尽くめの薬なのでしょうか?
明日はちょっとその点を、
より深く考えてみたいと思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2011-01-25 08:08
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コメント(7)
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本格的な?検査で血管年齢90歳です。結膜下出血もときどきあります。ワーファリンに躊躇している者にとって「ダビガトラン」承認は近年の最大の出来事になるかもしれませんが、明日の文章が気になります。
時折起こる動悸、終日のちゃらんぽらんの脈拍、目を皿に注目しています。リバロキサバンとかも話題とか・・・。
by さすらいの、、、 (2011-01-25 10:38)
御訪問ありがとうございます。
父がワーファリンのお世話にもなっているので、気になる情報です。
食事制限があるのは、家族にとっても負担ですし。
明日の情報を楽しみにしています。
by tsworking (2011-01-25 19:36)
ワーファリンは相互作用が多すぎて、多くの薬剤を服用されている方の場合、正直私は訳が解らなくなる時があります。。。
食品も納豆、クロレラ、緑の濃い野菜は避けてとしか言えず、野菜に関してはどの野菜にどれくらいのビタミンKが含まれているか、どれくらいなら大丈夫かまでは説明できません。。。勉強不足ですよね。。。
プラザキサに期待したいです。。。
by iyashi (2011-01-25 20:18)
さすらいの、さんへ
コメントありがとうございます。
血管年齢の検査は、
血流の速度を測っているだけなので、
血管の脆さの指標にはならないと思います。
by fujiki (2011-01-26 08:09)
tsworking さんへ
コメントありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2011-01-26 08:10)
iyashi さんへ
コメントありがとうございます。
僕は納豆以外の制限は、
実効性が乏しいのであまりしていません。
解熱剤の併用時は減量で対応しています。
INRの変動幅は実際にはかなり大きいので、
悩ましいところです。
by fujiki (2011-01-26 08:14)
いつも興味深く拝読させていただいています。
当方、今年の3月に脳梗塞になり、脳神経外科の医師から「ワーファリンにする?プラザキサというくすりもあるけど」と言われ、食べ物の制限がないプラザキサの処方を選びました。
入院中はPPIも服用していたこともあり、さほど副作用も気にならなかったのですが、主治医が変わり、プラザキサとPPIの併用でAPTTに影響があるからと、PPIが処方されなくなりました。
それからというものは、背中の痛みや吐き気、食欲の低下が出現し、とても調子が悪くなってしまいました。職場の検診でも便潜血が陽性になってしまいました。
H2ブロッカーはうつや頻脈などの副作用が出てしまい、服用できません(いろいろ試してみましたが)。
そのことを主治医に言ってみたら、前に言っていたことをすべて忘れていたようで「PPIが悪いと俺が言った?こちらからはPPIは処方しないから、他の胃腸科医院で診てもらって。それともワーファリンにするかい」と突き放されたような言い方をされました。
胃腸科に行き、この事情を話したら、PPIを処方されました。その医師曰く、「プラザキサとPPIの併用はそんなに悪くないのでは」と。
何だか医師の間でもプラザキサの胃腸障害というのが、あまり理解されていないような感じです。プラザキサをワーファリンにすると胃腸障害が軽減するのでしょうか。
誰にも相談できず、メンタル面でもかなり落ち込んでいます。
by かみお (2012-11-24 17:24)