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石綿の怖い話 [仕事のこと]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻ってから、
妻の入院先の病院に向かう予定です。

それでは今日の話題です。

今日はアスベストの話です。

アスベストが肺の病気を来たす、
有害な物質であることは、
皆さんもよくご存知だと思います。

一時期までその利便性から、
多くの建築物で使われたアスベストは、
その有害さから、
今度はその除去作業が、
今盛んに行なわれています。

たとえば、あなたのお子さんが通う学校で、
体育館の屋根に、
アスベストが使われていることが分かったとします。

保護者の方も先生達も、
それは大変、ということになり、
アスベストの除去作業を、
業者に依頼します。

作業が終わり、
アスベストが取り除かれれば、
それで皆一安心です。

しかし、実際にその危険なアスベストの除去作業は、
どのようにして行なわれているのでしょうか?

先日実際にアスベストの除去作業に従事している、
20代の青年が診療所を受診されました。

受診された理由は別なのですが、
彼から作業の実態を聞いて、
僕は慄然たる思いがしました。

彼によれば、
アスベストの除去作業は周囲を完全に密閉し、
外には絶対にアスベストが飛散しないようにして、
行なわれるのですが、
作業に実際に従事している人は、
防護服は着ているものの、
マスクと顔との間に隙間が空いてしまうので、
作業中アスベストを吸い込むのは、
止むを得ないのだと言います。

本来はもっと機能性に優れたマスクがあるのですが、
それは非常に高価なため、
同様の作業をしている業者の中でも、
ごく僅かしか使ってはいないのだそうです。

そして、皆さんもご推察になるように、
こうした危険な作業は、
その殆どが零細な企業の手によって、
行なわれているのです。

その気密性が不充分なマスクであっても、
それなりに高価なものなので、
盗まれたり、退職する職員が、
持って行ってしまったりすることが、
稀ではないようです。

作業の後、空気を吹き付けて、
防護服に付いたアスベストを洗うのですが、
彼によればそれも充分に取り去れる訳ではなく、
結構な量がそのまま残ってしまうそうです。
その防護服を脱ぐと、
その場でバッとアスベストが飛散するので、
それは作業員の衣服や肌にも、
結果的には付いてしまいます。

彼は真面目にその決められた工程を守っているのですが、
それでも、とても充分ではなく、
明らかに1回の作業毎に、
かなりの量のアスベストを吸い込んでいる、
と話してくれました。
作業を終えると、咽喉はざらついて、
うがいをすると、粉末が吐き出されます。

それでもその職場では彼は優等生で、
同僚には「俺はもう早死にするから仕方ねえんだ」
と酒を煽り、防御服やマスクすらせずに、
平然と作業をする猛者もいるそうです。

「本音を言えばこんな仕事は俺だってやりたくない」
と彼は言います。
しかし、他に仕事はなく、
それも皆の役に立つ、
絶対に必要な仕事であることは、
間違いがありません。
こうした仕事は結局は下請けの下請けなので、
所謂大企業の職員は、
決してやらないのです。

しかし、誰かがやらなければいけません。

彼が気を遣うのは、
自分のことよりも、
同い年の奥さんと2歳になる子供のことです。
また、通勤時に接触する他人のことです。
マニュアルを守って仕事をしても、
帰りには衣服や肌にはアスベストが付いています。

それで彼は電車は使わず、
バイクで通勤をしています。
途中の公園で水を浴び、
丹念に衣服や肌のアスベストを洗い流します。
冬場はさすがに水は使わず、
服を丹念に叩いて取ります。

不充分かも知れませんし、
公園を訪れる方に失礼かも知れませんが、
これは彼に出来る精一杯の努力なのです。

彼は非常な好青年で、
そのまま映画の主人公にしたいような魅力があります。
純粋で真面目で賢く、
彼に愛された奥さんも幸せだと確信出来ます。
僕は一度会っただけで彼に惚れ込みました。
人間も決して捨てたものではないと思いました。

そんな彼が何故、
このような過酷な仕事に従事し、
本来なら避けられるような、
健康被害を受けているのでしょうか?

彼を救うためには、
どうすれば良いのでしょうか?

彼の勤めている会社が悪い、と言うことは簡単です。

しかし、それで完全防備のマスクを、
必ず用意しろ、と指導が下れば、
その会社は潰れてしまうかも知れませんし、
仮に無理してマスクを買えば、
今度は彼のような従業員が、
より過酷な条件で、
働かざるを得なくなるかも知れません。

安全優先の作業、と言うことは簡単です。
しかし、実際にはそんなことを言っている人は、
危険を誰かに丸投げしているだけなのです。
アスベストを除去することは危険なのです。
きれいごとを言う誰かの見えないところで、
危険な仕事を彼のような誰かがやっているのです。

アスベストを除去することは大切なことかも知れません。
しかし、それが100%安全な作業ではなく、
アスベストを吸引する危険が皆無でないのなら、
それが安全に行える方法を確立させることも、
同時に最優先で考えるべきではないでしょうか?

彼がつい最近アスベストの除去をしたのは病院で、
患者さんが毎日通る階段の裏だったそうです。
それもかなり杜撰な工事で、
これは絶対患者さんが毎日吸っていた筈だ、
と彼は言います。
その病院は数十年、その状態を放置していたのです。

アスベストが危険だと聞けば、
早く危険なものは取り去るべきだ、
と誰もが思います。

しかし、その仕事を誰がどのようにして、
そしてどんな思いでやっているのかは、
あまり考える人はいません。

「この仕事をしている仲間はね、
皆身体を潰していることは分かってるんだ。
でも、他にどうしようもないからね」
と彼は言います。

これが現在の話です。
2010年の東京に、
こうした話があり、
彼のような人間が身を削って、
危険な作業に従事しているのです。
彼は無知だからそうした作業をしている訳ではないのです。
誰よりも聡明で優れた人間性を持ち、
自分の生活のために、
そして皆さんの安全のために、
そうした仕事をしているのです。
その2歳のお子さんは子供手当を受け取り、
奥さんは多分、
自分の愛する人が、
そんな危険と戦いながら仕事をしていることを知りません。
そして、彼の関わる公共事業の予算は、
アスベストの恐怖とは無関係な、
着飾った服を着た気取った政治家の手によって、
それでも高額過ぎると減額に仕分けされているのです。

皆さんはどうお考えになりますか?

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
(本記事は12月16日午前8時に修正を加えました)
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コメント 11

rtfk

私もその業界の末席を汚しておりますので
その若者の事情が痛いほどわかります。
目に見えない脅威はアスベスト以外にもありますが
皆口外しないだけで自分の身を削って仕事をしているんだと思います。
by rtfk (2010-12-15 08:50) 

midori

犠牲を強いられるのは、いつも、社会の末端と呼ばれるようなところにいる、真面目に生きている方々ですね。
『K-19』という映画を思い出しました(この中の犠牲者はそれなりに称えられましたけど)。
by midori (2010-12-15 09:32) 

ジャニオク

>保護者の方も先生達も、・・・・

うーん。難しい問題ですけど
おっしゃりたいことは結局
「人は自分の目の前の課題や困難しか考えていない」
という話ですから、
アスベストを嫌がることそれ自体と衝突させることでもないと思います

だったら、電車の中でガテン系人がいたら
その汚れたズボンの前に、逃げないで
鼻を近づけることが正解なのか、といったらそうではないわけですし、
子どもがそれを吸わないように注意して遠のく親がいたとしても
その親は間違っていないと思います。

>しかし、それが100%安全な作業ではなく、
>アスベストを吸引する危険が皆無でないのなら、
>それが安全に行える方法が確立するまで、
>作業を延期するのが筋ではないでしょうか?

でも、アスベストをそのままにするリスクもありますよね。
それは結局、価値判断のですから
ケースバイケースでいちがいにはいえないとしか
いいようがないと思うのです。

それと、人間の価値観てほんと様々で
逆に、先生のようなご意見を「大きなお世話」と
考える人もいないとも限らないのです。(すみません)

「おれは危険なこと、ひとさまが忌み嫌うことが大好きなんだ
金も儲かるし、人のやってないこと、
ゼッタイできないことをやっているという
オンリーワンの充足感もある」
なんてことを考える人もいないとも限らないからです。

もちろん、労働者の安全管理を怠っても
いいという意味ではありません。
ただ、どんな「卑しい」仕事もつまらなさそうな仕事も
物好きには物好きの理屈や価値観があるので
勝手に、「そんな仕事に従事する現実があってはならない」と
決めてしまうこともどうなのかなという気がするのです。
江戸時代ではない職業選択の自由があるわけですから
職業に対するリスクも自己責任で判断した上で、その仕事に従事していると
見なすべきです。身も蓋もない言い方ですが、嫌なら転職すればいいのです。
突き放したような言い方ですが、その人に限らず
我々はみんなそうなんです。
たとえば、私も緑内障を抱えながらも、結局パソコンとにらめっこの
仕事を辞められません。それは私の自己責任なのです。

>アスベストが危険だと聞けば、
>皆早く除去しろ、と勝手に叫びます。

でも綺麗事でも批判だけでも、
言わないよりは言った方がいいのではないでしょうか。
アスベストを除去すること自体は公益性があることですし
言わなければ何も始まらないし
言うところから風穴があくわけですし、
我が子の安全を願うことは間違っていないですし
綺麗事を言わないことで、労働者の問題が
解決するわけでもありませんし。
要するに、アスベストを除去する主張と
現場の労働者の安全管理の問題は
別ではないのでしょうか。
by ジャニオク (2010-12-16 04:34) 

fujiki

rtfk さんへ
コメントありがとうございます。
アスベストの問題は、
差し障りもあるので、
あまり突っ込んだことは書けませんが、
政治的に利用されている面もあり、
対策にバランスを欠く点があるような気がします。
by fujiki (2010-12-16 08:02) 

fujiki

midori さんへ
コメントありがとうございます。
ちょっと勢いで書き過ぎた気がします。
映画は見ていないので見てみますね。
by fujiki (2010-12-16 08:04) 

fujiki

ジャニオクさんへ
コメントありがとうございます。
ご指摘はごもっともで、
不用意に本来対比させるべきでないものを、
強引に対比させていると、
読み返して思います。
後、筆致がいやらしいですね。
ちょっと勢いで書いてしまって、
こういうものが、
何となく書き終わった時は、
自信作に思えるのですが、
読み返してみると、
何かいやらしくて自分でもいやになります。
結局僕の人格のいやらしい部分が、
浮き出して来るのかも知れません。

後半は僕が問題と感じた部分を、
かなり切りました。
不充分かも知れませんが、
また考えます。
by fujiki (2010-12-16 08:17) 

サラ

それを言うなら先生だってたくさんの病気に感染する危険な仕事ですよ~。アスベスト被害者はだいぶ前に既に出てる訳だし教訓が生かされずに未だ危険にさらされている人がいる事に驚愕しました。防護服や粉塵マスクで働いてるから防げてるとばかり思ってました。知り合いに建物解体中にアスベストが出てマスクだけで作業したりしてる人もいるので、認識の甘さに危機感を覚えます。声を上げて国に訴えていけたら何か変わるでしょうか…
by サラ (2010-12-16 19:08) 

fujiki

サラさんへ
コメントありがとうございます。
言われる通りで、
何か伝染病でも流行れば、
真っ先に自分が感染することは、
覚悟をして診療はしています。
その意味でアスベストの作業をしている彼のことを、
僕は非常に身近に感じたのですが、
筆力のなさでそうしたニュアンスを、
うまく伝えることが出来ません。

サラさんのように読んで頂いて、
大変嬉しいです。

これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2010-12-16 19:54) 

アダム

いつも拝読しております。

私の夫もアスベストスの除去作業をしております。しかし、日本ではなくカナダです。今回の記事を読み心配になったので夫に尋ねると、日本にはアスベストス除去に関する規定がないのかと驚いていました。
カナダでは、健康被害に従事しているある機関がランダムに抜き打ち的に現場を検査しに来るそうです。もし、上記のような作業を行っていたら、相当の罰金を支払わなければならないそうです。
また、アスベストスが使用されていても、タイルなどがダメージを受けていないのなら、放置していても大丈夫らしいです。規定に沿った作業をすることの方が、より建設的だそうです。夫はこの道長く、監督をしておりますので、私は信用しております。
規定のマスクと使い捨ての防護服(全裸で着用)、シャワー、ネガティブ/ポジティブプレッシャー装置は絶対的だと言います。
カナダ在住ですが、日本人ですので、やはり日本の事が気になります。ぜひ、健康被害が起きる前に国が手を打って頂きたい一件だと思い、大きなお世話かもしれませんが、無知ながらもコメントさせていただきました。
では失礼します。
by アダム (2010-12-17 08:03) 

fujiki

アダムさんへ
コメントありがとうございます。
カナダの事情も分かり、
大変勉強になりました。
僕も現場の事情や法律的なことに詳しい訳ではなく、
作業をされている方からお話を聞いて、
非常に驚いたので、
ご本人の特定が出来ない範囲で、
記事にしたものです。
勿論規定はあると思いますが、
それが必ずしも現場で守られてはおらず、
またそれが守られるための、
経済的な面を含めた態勢作りも、
実際には遅れているのではないかと思います。
by fujiki (2010-12-17 08:26) 

荻谷竜

課長やポニーも石綿をかなり吸い込んでるな
by 荻谷竜 (2016-10-29 08:07) 

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