副甲状腺ホルモン注射剤「フォルテオ」の話 [医療のトピック]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今年の7月に、
これまでにない作用の骨粗鬆症の新薬が、
イーライリリー社から発売されました。
商品名は「フォルテオ」、
一般名はテリパラチドです。
その実物がこちら。
名前だけ聞くと代々木のテントで、
シルク・ド・ソレイユが演じるイベントのようですが、
この薬は遺伝子組み換えによって造られた、
ヒト副甲状腺ホルモンの注射薬です。
ヒトの副甲状腺ホルモンは、
84個のアミノ酸が繋がった構造をしているホルモンですが、
そのうちのN末端配列34個を切り出したのと、
同じ構造をしているのがこのフォルテオです。
通常の副甲状腺ホルモンの作用は、
ほぼこの34個の繋がりで再現出来るので、
この薬は人工の副甲状腺ホルモンそのもの、
と言ってほぼ間違いはありません。
さて、副甲状腺ホルモンとは、
どんなホルモンでしょうか?
前にも何度かお話しましたように、
このホルモンは甲状腺の裏側にある、
4つの小さな分泌組織から出るところから、
その名前がありますが、
実際には甲状腺ホルモンとは関連は殆どありません。
このホルモンの主要な働きは、
血液のカルシウム濃度を維持すること、
と理解されて来ました。
つまり、血液のカルシウム濃度が低下すると、
副甲状腺ホルモンは上昇し、
その結果として骨からカルシウムが動員され、
また腸管からのカルシウムの吸収は促進され、
カルシウムの腎臓からの排泄は低下して、
その一連の働きによって、
血液のカルシウムは増加します。
骨からカルシウムを動員するということは、
骨塩量を低下させる、ということです。
つまり、一般的に言って、
副甲状腺ホルモンが持続的に上昇すれば、
その結果として骨は減ります。
実際、少し前に記事でご紹介した、
副甲状腺機能亢進症という病気では、
持続的に副甲状腺ホルモンが上昇することにより、
骨の量が減り、病的な骨折の原因になります。
つまり、骨にとっては副甲状腺ホルモンは、
悪玉のホルモンと思われます。
ところが…
1980年頃に、副甲状腺ホルモンが骨の量を増やす、
というびっくりするような効果が明らかになりました。
特に背骨のような海綿骨の骨量が増えます。
実際、病的な副甲状腺機能亢進症でも、
長管骨のような皮質骨は減少しても、
海綿骨はあまり減らないのです。
つまり、海綿骨の増加が皮質骨で代償される、
カルシウムの移動が起こるのではないか、
と当初は考えられました。
ただ、実際に副甲状腺ホルモンには、
直接的に骨を造る骨芽細胞を増やし、
骨を成長させるような、
種々のサイトカインを増加させるような作用が、
間違いなくあることが、
その後次々と明らかになりました。
つまり、副甲状腺ホルモンは、
主に皮質骨からカルシウムを動員する働きがある一方で、
骨の代謝を活発にし、
骨の形成を強力に促進する働きを持っているのです。
それでは、一体どんな時に骨を壊す働きが優位になり、
どんな時に骨を造る働きが優位になるのでしょうか?
不思議なことに、
副甲状腺ホルモンが連続的に上昇すると、
骨は減るのですが、
間欠的に上昇すると、
今度は骨が増えることが観察されたのです。
この正確なメカニズムは、
まだ明らかではありません。
この知見を得て、
1990年代半ば頃より、
日本が先行する形で、
副甲状腺ホルモンを骨粗鬆症の治療薬として、
使用する試みが始まりました。
このホルモンはアミノ酸の結合体ですから、
インスリンと構造的には同じです。
飲み薬では消化酵素で分解されてしまうので、
使用は注射、ということになります。
この点もインスリンと同様です。
たとえば1日1回皮下注射で使用すれば、
その効果は数時間で切れてしまいます。
つまり、これは間欠投与になるのです。
日本の研究では、
量を増やして週1回の注射、
という試みもなされました。
いずれの方法でも、
骨の量は増加しました。
ただ、ネズミの毒性を見る実験で、
このホルモンの長期投与により、
骨肉腫という骨の悪性腫瘍が、
発生することが確認されました。
これは、副甲状腺ホルモンが、
骨の増殖を促す作用のあることが、
その原因と考えられます。
この実験結果を受けて、
日本での臨床研究は中止されました。
その決断は必ずしも誤りではなかったと思いますが、
結果としては海外でのみ開発が進み、
今回輸入の形で導入される事態になったのです。
このハードルを海外でどうクリアしたかと言うと、
その使用を18ヶ月以内に制限したのです。
ホルモンの量から考えて、
その程度の期間の使用であれば、
骨肉腫のリスクは無視出来る、
と判断した訳です。
この薬の日本での適応は、
「骨折の危険性の高い骨粗鬆症」です。
インスリンと同じように、
患者さんが自分で皮下注射を行なうという製剤です。
僕は患者さんによっては、
有用性の高い薬剤だと思います。
ビスフォスフォネートとの併用なども検討されていますが、
現状では明らかな上乗せ効果はなく、
僕は症例を厳密に選んで、
単剤で使用するべき薬剤だと思います。
ただ、先にビスフォスフォネートを使用してからの、
副甲状腺ホルモンの使用や、
その順序を変えた使用に関しては、
有用性のある可能性があります。
また実際の使用例が蓄積されましたら、
ご報告をしたいと思います。
今日は骨粗鬆症の新薬についての話でした。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。
それでは今日の話題です。
今年の7月に、
これまでにない作用の骨粗鬆症の新薬が、
イーライリリー社から発売されました。
商品名は「フォルテオ」、
一般名はテリパラチドです。
その実物がこちら。
名前だけ聞くと代々木のテントで、
シルク・ド・ソレイユが演じるイベントのようですが、
この薬は遺伝子組み換えによって造られた、
ヒト副甲状腺ホルモンの注射薬です。
ヒトの副甲状腺ホルモンは、
84個のアミノ酸が繋がった構造をしているホルモンですが、
そのうちのN末端配列34個を切り出したのと、
同じ構造をしているのがこのフォルテオです。
通常の副甲状腺ホルモンの作用は、
ほぼこの34個の繋がりで再現出来るので、
この薬は人工の副甲状腺ホルモンそのもの、
と言ってほぼ間違いはありません。
さて、副甲状腺ホルモンとは、
どんなホルモンでしょうか?
前にも何度かお話しましたように、
このホルモンは甲状腺の裏側にある、
4つの小さな分泌組織から出るところから、
その名前がありますが、
実際には甲状腺ホルモンとは関連は殆どありません。
このホルモンの主要な働きは、
血液のカルシウム濃度を維持すること、
と理解されて来ました。
つまり、血液のカルシウム濃度が低下すると、
副甲状腺ホルモンは上昇し、
その結果として骨からカルシウムが動員され、
また腸管からのカルシウムの吸収は促進され、
カルシウムの腎臓からの排泄は低下して、
その一連の働きによって、
血液のカルシウムは増加します。
骨からカルシウムを動員するということは、
骨塩量を低下させる、ということです。
つまり、一般的に言って、
副甲状腺ホルモンが持続的に上昇すれば、
その結果として骨は減ります。
実際、少し前に記事でご紹介した、
副甲状腺機能亢進症という病気では、
持続的に副甲状腺ホルモンが上昇することにより、
骨の量が減り、病的な骨折の原因になります。
つまり、骨にとっては副甲状腺ホルモンは、
悪玉のホルモンと思われます。
ところが…
1980年頃に、副甲状腺ホルモンが骨の量を増やす、
というびっくりするような効果が明らかになりました。
特に背骨のような海綿骨の骨量が増えます。
実際、病的な副甲状腺機能亢進症でも、
長管骨のような皮質骨は減少しても、
海綿骨はあまり減らないのです。
つまり、海綿骨の増加が皮質骨で代償される、
カルシウムの移動が起こるのではないか、
と当初は考えられました。
ただ、実際に副甲状腺ホルモンには、
直接的に骨を造る骨芽細胞を増やし、
骨を成長させるような、
種々のサイトカインを増加させるような作用が、
間違いなくあることが、
その後次々と明らかになりました。
つまり、副甲状腺ホルモンは、
主に皮質骨からカルシウムを動員する働きがある一方で、
骨の代謝を活発にし、
骨の形成を強力に促進する働きを持っているのです。
それでは、一体どんな時に骨を壊す働きが優位になり、
どんな時に骨を造る働きが優位になるのでしょうか?
不思議なことに、
副甲状腺ホルモンが連続的に上昇すると、
骨は減るのですが、
間欠的に上昇すると、
今度は骨が増えることが観察されたのです。
この正確なメカニズムは、
まだ明らかではありません。
この知見を得て、
1990年代半ば頃より、
日本が先行する形で、
副甲状腺ホルモンを骨粗鬆症の治療薬として、
使用する試みが始まりました。
このホルモンはアミノ酸の結合体ですから、
インスリンと構造的には同じです。
飲み薬では消化酵素で分解されてしまうので、
使用は注射、ということになります。
この点もインスリンと同様です。
たとえば1日1回皮下注射で使用すれば、
その効果は数時間で切れてしまいます。
つまり、これは間欠投与になるのです。
日本の研究では、
量を増やして週1回の注射、
という試みもなされました。
いずれの方法でも、
骨の量は増加しました。
ただ、ネズミの毒性を見る実験で、
このホルモンの長期投与により、
骨肉腫という骨の悪性腫瘍が、
発生することが確認されました。
これは、副甲状腺ホルモンが、
骨の増殖を促す作用のあることが、
その原因と考えられます。
この実験結果を受けて、
日本での臨床研究は中止されました。
その決断は必ずしも誤りではなかったと思いますが、
結果としては海外でのみ開発が進み、
今回輸入の形で導入される事態になったのです。
このハードルを海外でどうクリアしたかと言うと、
その使用を18ヶ月以内に制限したのです。
ホルモンの量から考えて、
その程度の期間の使用であれば、
骨肉腫のリスクは無視出来る、
と判断した訳です。
この薬の日本での適応は、
「骨折の危険性の高い骨粗鬆症」です。
インスリンと同じように、
患者さんが自分で皮下注射を行なうという製剤です。
僕は患者さんによっては、
有用性の高い薬剤だと思います。
ビスフォスフォネートとの併用なども検討されていますが、
現状では明らかな上乗せ効果はなく、
僕は症例を厳密に選んで、
単剤で使用するべき薬剤だと思います。
ただ、先にビスフォスフォネートを使用してからの、
副甲状腺ホルモンの使用や、
その順序を変えた使用に関しては、
有用性のある可能性があります。
また実際の使用例が蓄積されましたら、
ご報告をしたいと思います。
今日は骨粗鬆症の新薬についての話でした。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2010-12-04 08:09
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コメント(11)
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2010年12月20日からフォルテオ自己注射を開始しました。
by yokojima (2011-01-17 17:07)
yokojima さんへ
ご一読ありがとうございました。
by fujiki (2011-01-18 08:17)
以前にもリリカカプセルの作用について先生の記事を拝見した記憶がありますが、先生の説明はいつもわかりやすくてとても参考になります。
老母が2年半ほど前から帯状疱疹方針後神経痛の軽減薬としてリリカを服用し、また昨年の暮れから骨粗鬆症の治療でフォルテオを射っております。
以前、リリカを服用し始めた頃は、作用の仕組みや副作用について素人でも理解しやすく、なおかつ知りたい点をかゆいところに手が届くように教えてくれるウェブ記事がなかなか見つかりませんでした。
その際にとても参考になり服用について安心感を与えて頂いたのがこの先生のブログ記事だったのですが、今回もまたフォルテオについての詳細を教えて頂くことになりました。とても勉強になりました。
先生のような賢明で勉強家な医師に診て頂ける患者さんはしあわせだと思います。どうぞ今後も本業とブログによる啓蒙活動(なのかな?)にますますお励みになってくださいますように。
突然の初コメで失礼致しましたが、いつも勉強させて頂くばかりでは申し訳ないのでお礼の気持ちをお伝えさせて頂きました。ありがとうございます。m(_ _)m
by 如音豆 (2012-01-22 01:22)
如音豆さんへ
コメントありがとうございます。
そう言って頂けると励みになります。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2012-01-23 08:18)
フォルテオについての分かりやすい解説をありがとうございました。
実は家内が3月末からこの注射を始めましたので、この薬について調べていたところ、先生のブログが目にとまりました。
家内は数年前からボナロンを服用していましたが、長期間服用すると顎骨壊死の危険が出てくる可能性があるのでフォルテオに変えたとの事です。
ボナロンの後にフォルテオを使用することで、悪影響がないか心配していましたが、先生のブログを見て安心しました。ありがとうございました。
ただ、フォルテオ注射後の尿がにごることを心配しています(しばらく前に気づいたようです)。フォルテオの成分であるホルモン物質はかなり早く血中からなくなるようですので、その分解物のせいであればよいのですが、相談室に問い合わせてもそのようなことは聞いていないとの事でした。何かご存知でしたらお知らせいただけますと幸です。
これからもよろしくお願いいたします。
by K.matsui (2012-04-23 23:44)
K.matsui さんへ
コメントありがとうございます。
少しでもご参考になる点があれば幸いです。
尿の件については、
薬剤とは無関係ではないか、
と考えますが、
出来ればその時の尿を採取して、
一度主治医の先生に検査をして頂くのが、
良いのではないかと思います。
by fujiki (2012-04-24 08:54)
2010年12月20日に開始、途中東日本大震災での医療機関マヒで、3週間ほど中断しましたが、2012年9月2日で18ヶ月分を終了いたしました。現在は24ヶ月までOKとなったようですが、延長しませんでした。
ワンアルファ0.5を併用してましたが、フォルテオ終了と同時にエディロール0.75に切り替えました。SLEでブレドニン6ミリ服用中の64歳女性です。
以前はかがんで一番下の引き出しを開けようとしただけで肋骨骨折2回と胸骨を1回骨折(ヒビ)しましたが、現在はそういうこともなく、無理しない程度にですが孫も抱っこ出来ています。
まだあまり知られていない時期に始めましたが先生の「有効性がある」
というお言葉に後押ししていただきました。ありがとうございました。
by yokojima (2012-10-19 17:41)
yokojima さんへ
そうですか。
効果があって良かったですね。
by fujiki (2012-10-20 08:17)
昨年(2012年9月3日)、仕事中に左脛をコンクリートにぶつけ、骨折し、個人病院でギブス固定しましたが、50日後の検査で、つながらず、総合病院に転院してプレートを入れる手術をしました、一週間後くらいから、フォルテオ自己注射を始め、今年の6月中まで治療していました、医者から、「骨のつきをよくする、最高2年しか打てない薬」と言われていましたので、どんな副作用があるのか不安もありネットで調べこのページにたどり着きました、今年初旬ころから、肩がやみだして、手首や指の関節が少し腫れ、血液検査したところ、関節リウマチの診断結果がでましたので、フォルテオの副作用かと思っていましたが、違うようですね、ちなみにリリカは今も1錠ずつ1日2回、飲み続けています、ほかにも持病がありますので、これからも、参考に読みたいと思っています。
by hiro (2013-07-11 14:16)
現在69歳女性です。2012年2月から骨粗鬆症の治療をしています。今はフォルテオ皮下注射を昨年の7月から開始で1年半ほどになるので薬をデノスマブに変更してもいいのでしょうか?現在も背骨の骨折は続いています。血液検査の結果は2016年6月血清NTx13.7 2016年8月totalP1NP51.0 2016年11月69.5 2017年9月TRACP-56 332 となっています。骨密度は若年齢比較65%から87%になっています。骨粗しょう症は首の骨も折るのでしょうか?
by 玉置記己子 (2017-10-24 12:12)
玉置さんへ
骨密度はフォルテオにより上昇していますし、
デノスマブに変更して骨吸収を抑えるのは、
理に適っているように思います。
ただ、そうした変更の効果については、
まだ明確なデータは少ないのではないかと思います。
骨粗鬆症では全ての部位の骨折が起こりえますが、
明確に関連があるのは、
矢張り背骨の圧迫骨折と、
大腿骨の頚部骨折かと思います。
by fujiki (2017-11-06 06:49)