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進行癌の治療は何故病院によってかくも違うのか? [仕事のこと]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から介護保険の意見書など書いて、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

診療所の近隣にある病院があって、
地域の基幹病院の1つなのですが、
最近その経営方針が大きく変わり、
僕はその方針に非常な疑問を持つと共に、
そうした風潮が確実に社会に広まりつつある現実に、
恐怖を覚えています。

実名を出す訳にはいきませんが、
何故こうしたことが起こるのかを、
是非1人でも多くの皆さんに考えて頂きたく、
今日はその話をします。

ご紹介する事例も、
事実を元にはしていますが、
あくまで架空のものとして、
いつ何処でということではなく、
お読み頂ければ幸いです。

僕はその病院の消化器内科に、
Bさんという患者さんをご紹介しました。

Bさんは進行胃癌の患者さんで、
癌が診断された時点で、
肝臓への転移はありませんでしたが、
腹水が貯留していて、
癌性腹膜炎が疑われる状態でした。

ただ、年齢はまだ70を超えてはおらず、
体調不良になるほんの1週間前までは、
お元気に仕事をされていました。
認知症もありません。

体力もあります。

全身状態としては血圧も安定していましたし、
腎機能や肝機能も正常で、
肺に異常もなく、糖尿病もありませんでした。
貧血もヘモグロビンが12代の後半と、
ごく軽度です。

だからこそ、毎年の健診でも、
特に異常は指摘はされなかったのです。

それで僕は手術は困難であっても、
抗癌剤の治療の適応はある、
と思いました。

少なくとも、詳細な検査の上で、
その検討は行われるものと思っていました。

ところが…

その病院からのご返事を見て驚きました。

入院はおろか、病院での検査も殆どすることなく、
Bさんとそのご家族に、
「もう癌は手遅れで余命は1~2ヶ月です」
と外来ですぐに宣告したと言うのです。

その上で、
「抗癌剤は身体が弱っていると逆効果であるし、
ご家族や本人の強い希望もないので、
検討はしなかった」
と言うのです。

Bさんはそのまま病院と連携している、
在宅医療専門のクリニックに紹介され、
「自宅で看取り」という方針になりました。
つまり何もせずに自宅で死を待て、と言うのです。

患者さんやご家族が、
この担当医の方針を、
どのように受け止めたのかは分かりません。
しかし、治療を強く希望すれば、
その方法はまだあると考えられる状態の患者さんに対して、
外来で検査もせずに「手遅れだ」
と簡単に言い渡してそれで終わり、
というような診療が、
地域の基幹病院で現実に行なわれている、
ということが正直僕にはショックでした。

こんなことがあって良いのか、
と僕は思いました。

しかし、これは僕の考え過ぎでしょうか?

現在の医療の考え方からすれば、
腹水の溜まっている胃癌の患者さんは、
敢えて検査をするまでもなく、
患者さんが「強く」治療を希望しなければ、
皆手遅れで余命は1~2ヶ月なのでしょうか?

僕は診療所で検査をお願いしている、
内視鏡の専門医に相談してみました。

内視鏡医の意見は、
Bさんのケースは、
一旦は入院してもらって、
抗癌剤の治療の可能性について、
精査の上、一度はしっかり検討するべきではないか、
というものでした。
その上で患者さんやご家族が、
積極的治療よりも在宅での看取りを希望されれば、
その時点で説明が行なわれるべきではないか、
と言うのです。

Bさんの余命が1~2ヶ月というのは、
僕は極論だと思うのです。
嘘ではありませんが、
それは医療の側がその延命の努力を、
一切放棄した場合、という意味合いです。

2年は厳しい場合が多いようですが、
それを超えて延命されるかたも現実にいらっしゃいますし、
何よりその人生を、自分のものとして、
むしろそれまでより充実した期間とされた方が、
実際には多くいらっしゃることを、
ブログの闘病記などでも拝読することがあります。

抗癌剤が著効して、
手術に持ち込めた事例も、
僕自身経験しています。
その方は別の近隣の病院に入院したのですが、
肺の機能は低下しているなど、
全身状態はむしろBさんより厳しかったのです。
しかし、抗癌剤が著効し、
転移巣が縮小したために、
手術が可能となり、
胃の全摘後、
お元気に退院されて、
仕事にも復帰されています。

胃癌のガイドラインにも、
腹膜播種を伴う胃癌は、
勿論予後不良だとは書かれていますが、
その一方で全身状態の良い患者さんでは、
抗癌剤の治療で一定の延命効果が得られ、
中には著効例も存在すると書かれています。

処方する薬の中には多くのバリエーションがあり、
患者さんの状態を見ながら、
その量を調節しつつ、
患者さんが過度の苦痛を感じないように、
その処方をコントロールすることも可能です。

それでは何故、この病院の担当医は、
治療の可能性を無視するような、
こうした言動を取るのでしょうか?

内視鏡医はこんな話も教えてくれました。

ある関東の癌専門治療施設は、
非常に積極的な治療方針を持ち、
こうした進行癌の患者さんを、
積極的に受け入れて、治療しているというのです。

しかし、こうした施設は少数で、
大多数の病院では、
経営的な観点から、
極力手の掛かる進行癌の患者さんを、
受け入れない方針になりつつある、
というのです。
特に東京のような大都市圏で、
そうした傾向が強いようです。

厚生労働省の言う「良い病院」とは、
経営がうまくいっている病院のことです。

経営がうまくいくということは、
患者さん1人から、
なるべく多くのお金を取り、
しかも1人の患者さんに割く時間を、
なるべく少なくする、ということです。

更には入院する患者さんは、
なるべく短期間で退院してもらわないといけません。

入院日数が少ない方が良い病院のお墨付きがもらえますし、
入院が長引くということは、
次の患者さんが入院出来なくなるということであり、
それは病院にとってはロスになるからです。

Bさんのような患者さんを入院させると、
仮にそのまま状態が悪くなった場合に、
入院を継続せざるを得ず、
予想の付かない入院の長期化は、
病院の最も怖れる、
赤字要因となるのです。

以前であれば基幹病院を受診した、
こうした進行癌の患者さんは、
病院が長く責任を持つことが多かったのです。

しかし、現在はそうではありません。

国が在宅医療を強力に推進しているからです。

Bさんが受診したこの病院には、
提携している在宅医療の専門クリニックがあって、
「看取り」と判断された患者さんは、
半ば強引にそのクリニックに紹介されます。

提携した在宅クリニックでは、
積極的な治療は全く行なわない、
という方針で患者さんに対応します。
体調が急変しても、
決して病院に受け入れを依頼することはありません。
それが、病院から期待された、
そのクリニックの役割だからです。

病院にとっての「良い在宅のクリニック」とは、
病院にとって「面倒な」患者さんを、
二度と病院には関わらせないクリニックです。

その患者さんにとっての最後の時間を、
管に繋がれて病院で過すよりは、
在宅医療に見守られながら、
在宅で人間的に過すのが良いのだ、
という意見は、
一見口当たり良く、正しい意見として響きます。

しかし、これは病院が良心的な考えを持ち、
本当に在宅医療が最善と思われる患者さんだけを、
在宅のクリニックに引き渡す、
という流れを前提としています。

実際はどうでしょうか?

Bさんの事例などを考える限り、
僕にはこの判断が、
厳密に行なわれているとは到底思えません。

色々と微妙な問題を含んでいるので、
この問題は今日はこれ以上は話さないことにします。
Bさんの今後のことについても、
現時点では触れません。
今後いつかお話する機会があるかも知れません。

ただ、同じ病気の同じ病態でありながら、
ある病院では「手遅れ」で在宅医療に引き渡されて、
予後1~2ヶ月と宣告され、
別の病院では抗癌剤の治療が著効して、
社会復帰が可能になるケースもあるのです。

ガイドラインに沿った、
標準化された癌治療が、
国の旗振りでなされている筈なのに、
何故このような違いがあるのでしょうか?

病院の経営にとって、
メリットがないと見做された患者さんを、
冷酷に切り捨てて、
入院ばかりか検査さえロクにさせない病院の方が、
経営も安定し、
良い病院として国の補助も受けるような行政のあり方は、
何処か間違っているのではないでしょうか?

進行癌の患者さんで、
病院の治療が困難でかつ患者さんにとってもメリットの少ない場合に、
在宅医療に移行するのは、
適切な方針ではあると思います。

国はそうした方針を進めるために、
長期の入院の診療報酬を削減し、
在宅医療の診療報酬を格段に手厚くしているのです。

しかし、それは裏を返せば、
「面倒な」患者さんは、
入院などさせずに早く在宅医療に引き渡した方が、
病院にとってもメリットが大きい、
ということになります。

従って、本来はまだ治療の余地のある患者さんを、
「看取り」として早期に治療の選択肢を排除し、
病院から切り離す、
という行為に結びついてしまいがちになるのです。

これは何処かが根本的に間違っているのではないでしょうか?

僕は今後決してこの病院に、
癌の患者さんを紹介するつもりはありません。

皆さんはどうお考えになりますか?

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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hiiragiyam

自分の家族に起こった場合、可能であればセカンドオピニオンを求めて癌専門病院で検査してもらいたいです。
紹介状がないと難しいのかもしれませんが。
病院経営とこころのある医療が両立するのは難しいことなのしょうか?
by hiiragiyam (2010-10-23 22:12) 

いつも楽しみに拝見しています

今日の話はショックでした。
1~2ヶ月と言われたら、本当に1~2ヶ月に寿命が縮んでしまいそうです。1~2ヶ月では何も予定が立てられません。うそでもよいから、2~3ヶ月と言ってもらえれば、周りの人が他の病院に行ってみることを薦める時間や心の余裕ができそうな気がします。

紹介状を書いて送り出してもらうときに、もし何かあっても、いろいろな考え方があるから、丸ごと鵜呑みにせずに、一緒に考えてあげるから診療所に来なさい、と言ってもらえたら、患者にとってこころの支えになるのではないかと思いました。特に石原先生は心療内科もしていらっしゃって患者の気持ちを考えて接してくれる得がたいお医者さんではないかと想像しています。

Bさんのことがよい方向に行きますように。
by いつも楽しみに拝見しています (2010-10-23 23:06) 

fujiki

hiiragiyama さんへ
コメントありがとうございます。
何箇所も受診をされ、
ご相談に廻る方もいらっしゃいますし、
そうしなければいけない時代なのかな、
と最近僕も思います。
癌専門病院の中にも、
進行癌の治療には積極的なところと、
そうではないところがあると思います。
ただ、体調の悪い患者さんにとっては、
遠方の施設での治療は困難な場合もあり、
難しいところです。
病院の経営方針も変更されることが多く、
僕も先入観に捉われずに、
今後の患者さんの紹介先を考えてゆきたいと思います。
by fujiki (2010-10-24 09:15) 

fujiki

いつも楽しみに…さんへ
コメントありがとうございます。
言われるように、
紹介したからと言って、
それで終わりではなく、
紹介先でのご不安などがあれば、
それに対応してゆくのも、
紹介した医者の責任だと思います。
そうしたお話は勿論ご紹介の際には、
させて頂くように心掛けてはいるのですが、
個々のケースによって違いもあり、
なかなか難しいところです。
進行癌の患者さんの場合、
遠方の病院よりも、
近隣の基幹病院の方が、
きめ細かい対応が可能で、
最後まで患者さんを責任を持って診て頂けることが、
少なくともこれまでは多かったので、
まさかこうした対応とは、
予測の付かなかった面がありました。

一生その患者さんの主治医である、
という自覚を持って、
日々の診療に当たりたいと、
改めて思っています。
by fujiki (2010-10-24 09:29) 

yuuri37

病院の経営は大変みたいです。できたら、一生考えたくないことですね。
by yuuri37 (2010-10-25 01:47) 

fujiki

yuuri37 さんへ
コメントありがとうございます。
でも、世の中が出来の悪いテレビドラマと、
同じになって行くのは、
おかしなことだと思います。
by fujiki (2010-10-25 06:34) 

ちこ

今は患者は医者にいいなりになってはいけないと改めて思い知らされました。この先生に看取られるなら悔いはないと思える病院、医者を自分で探さないといけないのですね。
ただたくさんの選択肢の中で自分の生きる道を選ばせてくれたらいいだけなのに。。
先生、ドラッグラグ問題はどうお考えですか?
今度記事にしていただけると嬉しいです。
by ちこ (2010-10-26 22:09) 

fujiki

ちこさんへ
コメントありがとうございます。
看取りの判断は、
本来患者さんやご家族の決めるべきもの、
という趣旨から、
あまり厳密な基準がないのではないか、
と思いますが、
それが一部の心無い医療者によって、
情報のない患者さんの切捨てに、
利用されているのでは、という思いがあります。
在宅が常に理想的、
とは言えないと思うのですが…
ドラッグラグの話は、
複雑で軽率に言えないのですが、
ちょっと考えて見ます。
これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2010-10-27 06:22) 

ちこ

先生お返事ありがとうございました。
ある癌患者さんがテレビでドラッグラグ問題を訴えていらして、
その方のブログからの呼びかけで厚労省に抗がん剤の承認を急いでしてほしい旨のメールを私も送りました。
なぜ癌の種類によって保険がきかないとか海外ではすでに使用されているのに日本では治験すらスムーズに受けられないとか待ったなしの状況の患者にとったらこんな悔しいことはないと思います。
当事者でない私たちにもできる事はないかと思うばかりです。
末期で統計的な余命を言われても薬が効けば何年も生きられることを国ももっと知ってほしい・・
そう言って共に闘おうと言ってくれる医者が増える事も願います。


by ちこ (2010-10-27 20:54) 

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