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末端の医者が髄膜炎を診断するにはどうすべきなのか? [科学検証]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は午後の診療は4時45分で受付終了になります。
受診予定の方はご注意下さい。

それでは今日の話題です。

数日前にこんなニュースがありました。

【初診開業医に賠償命令】
地裁 患者死亡「問診が不十分」
髄膜炎の症状を見過ごされ、治療の遅れから転院先で死亡したとして、●●市の男性会社員(当時40歳)の両親が同市内の●●診療所(閉鎖)の50歳代の男性医師に慰謝料など約7500万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が13日、地裁△支部であった。○○裁判長は「十分な問診と、設備の整った医療機関への移送を怠った過失があった」として、医師に約5600万円の支払いを命じた。

まず、記事にある患者さんのご冥福をお祈りします。

これより、1つの事例として、
この患者さんの病状と裁判の経過について、
検討することをお許し下さい。
(もし当該患者さんにご関係のある方で、
本記事の記載をご不快に思われることがありましたら、
ご一報頂ければ即刻削除します)

詳細な経過が書かれてはいないのですが、
記事から分かる事例のアウトラインはこうです。

診療所にある日初診で40歳の男性が受診します。
ご訴えは高熱と嘔吐です。
診療所の医者は診察の上、
特に検査はせず解熱剤などの処方をしました。
記載はありませんが、
少なくともその時点で意識障害はなかったと思われます。

患者さんの容態は帰宅後に悪化。
記載はありませんが、頭痛が耐えられないほど悪化したか、
痙攣を起こしたり、意識障害があったり、
というような症状が出現したのでしょう。
翌日に救急搬送され病院に入院。
その病院で「細菌性髄膜炎」と診断されます。
その後意識は回復しないまま、
患者さんはその3年余の後で、
多臓器不全のため亡くなりました。

その患者さんの死亡の責任が、
最初に診察した診療所の医者にある、
とご遺族が訴えを起こし、
裁判の結果地裁ではその責任が認められた、
というのです。

別のメディアの記事では、
裁判で某国立大学の感染症専門医が証言に立ち
(もしくは文書を提出し)、
「診療所の医者は初診の段階で重症の感染症の存在を見抜き、
高次の医療機関に紹介する義務があった」
というニュアンスの内容を証言したそうです。

訴えられた診療所の医者がどのような人間で、
どのような診療をその時に行ない、
どのような説明を患者さんにして、
どのような判断をしたのかについては、
現時点で報道は何もないので判断は付きません。

ただ、これは僕のような末端の診療所の医者にとっては、
非常に重く深刻な判決です。

今日明日にも同じ状況に遭遇するかも知れないからです。

それでは、診療所の一般的な医者として、
初期診療に携わり、
患者さんの髄膜炎を見逃さないために、
某大学病院の感染症専門医に、
「ふん、そんな診療では訴えられてもしょうがないね」
と鼻で笑われないために、
僕がするべきことは何なのでしょうか?

以下、そのことを僕なりに必死に考えたいと思います。

細菌性髄膜炎は非常に急性で重篤な経過を取ることが多く、
2007年の文献において、
死亡率は15~30%、後遺症率も10~30%と、
予後が不良の病気であることは間違いがありません。

つまり、早期にこの病気を診断し、
速やかに治療を開始することが、
何よりも大切なことなのです。

それでは細菌性髄膜炎を疑うべき症状は何でしょうか?

2007年に関連3学会が合同で作成した、
「細菌性髄膜炎診療ガイドライン」が発行され、
ネットでも全文を読むことが出来ます。

以下、その記載に沿って考えます。
念のため補足しますが、
以下の記載はあくまで、
患者さんが学童より上の年齢の場合です。

成人の場合、髄膜炎を疑う4つの徴候は、
発熱、頭痛、項部硬直、意識障害のことです。

しかし、ガイドラインにおいても、
この4つが揃うのは44%に留まると書かれています。
ただ、いずれか1つはほぼ100%に存在します。

しかし、発熱と頭痛は風邪の一般的な症状でもあります。

軽度の頭痛は、むしろ伴わない方が少ないでしょう。
風邪の回復期には頭痛が強くなることは、
実際には良く経験することです。
確かにそうした場合に、
軽症のウイルス性髄膜炎が、
発症していることは有り得ることでしょう。
ただ、その殆どは軽症で自然に治癒するので、
積極的に診断する意味合いは通常はないのです。

発熱は高熱であることが多いと書かれていますが、
インフルエンザなどでも勿論高熱になることはあり、
とても熱の出方から髄膜炎を疑うことは出来ません。

発熱、頭痛、項部硬直、意識障害、と並べると、
発熱と頭痛は症状としての幅があり過ぎて、
あまり単独で診断の助けにはならず、
意識障害はどんな病気であれ、
重症な症状で一目瞭然ですから、
どんなぼんくら医者でも、
勿論素人でも、設備の整った医療機関に運ぶのは、
当然の対応で間違いようはありません。
そして、実際に裁判の事例でも、
意識障害は診療所の受診の時点ではなかったと思われます。

もう1つの徴候である項部硬直は、
診察上の所見です。
つまり、4つの徴候と言いながら、
2つは一般的な症状で、
1つは明らかに言われるまでもなく重症の所見であり、
最後の1つは診察所見であるのですから、
何かちょっとしっくり来ない感じです。

ただ、裁判の事例で問題になったとすれば、
診療所を受診した時点で項部硬直はあったのに、
それを診療所の医者が見逃した、
ということが考えられます。

つまり、項部硬直を診断出来なければ、
診療所の医者としては失格であり、
感染症の専門医にはあざ笑われ、
患者さんのご遺族に訴えられて裁判で敗訴し、
診療所を閉鎖しなければならない、
ということになるのです。

つまりそうした医者はいる必要がない、
というのが、
司法の判断であり、
専門医の判断だ、ということになります。

では、項部硬直とは何でしょうか?

項部硬直とは、患者さんに寝た姿勢を取ってもらい、
楽にしてもらって医者が首を曲げると、
首が硬く抵抗があって、
曲げることが痛みのために出来ない、
という徴候のことです。

髄膜炎は脳の周辺の髄膜の炎症なので、
その炎症のために首の筋肉に抵抗が生じるのだと、
考えられています。
一種の痛みに対する防御反応です。

ガイドラインにはありませんが、
僕が今主にやっているのは、
Neck Flexion test で、
これは患者さんに首を前に曲げてもらい、
顎を胸に付けてもらう、
という簡単なテストです。

このテストで首が痛くて前に曲げられなければ、
患者さんには項部硬直のある可能性が高い、
と判断します。

もう1つガイドラインで重要視されているのは、
Jolt accentuation of headache というテストで、
これは頭を左右に連続的に振ってもらい、
それで頭痛が悪化するかどうかを判断するものです。
敢えて日本語訳すれば、
「頭を強く揺さぶるテスト」です。
頭痛が悪化するのが陽性で、
これは頭痛と項部硬直の所見を、
同時に診ていることになります。

ガイドラインでも、
感度は97%とされていますから、
このテストが陰性であれば、
細菌性髄膜炎はほぼ否定出来るということのようです。

本当でしょうか?

元になっている文献は、
1991年のHeadache という雑誌に掲載されたものです。
最近それを再評価したような文献は、
あまりないようです。
(もしあるようでしたら、ご指摘下さい)

ただ、疑問はありますが、こうガイドラインに書かれている以上、
このテストは必ずやらなければいけません。

さて、裁判の事例の患者さんは、
報道で分かる範囲では発熱と嘔吐とがあったそうです。

ただ、この2つの症状の組み合わせについては、
ガイドラインでも次のように記載されています。

嘔吐は発病初日に57%の症例でみられ細菌性髄膜炎の初期症状として重要であるが、特異的なものとは言えず、単独あるいは発熱との組み合わせのみで細菌性髄膜炎を強く疑うことは困難である。

つまり、報道の情報のみから考えると、
症状から初診時に髄膜炎の存在を見抜くのは、
ガイドライン上も非常に困難であることが分かります。

問題は項部硬直のあるなしを、
初診の時点でどの程度診療所の医師がチェックしたかで、
それはおそらくしなかったので、
今回の裁判、ということになったのではないかと思います。

ただ、大学の感染症専門医の鑑定では、
「髄膜炎との診断は困難だったが、少なくとも紹介が必要なような、
重症の感染症であることは分かった筈」
というニュアンスが別の記事にあり、
それでは髄膜炎とは言えないけれど、
すぐに高次医療機関に送るべき重症感染症の症状とは、
一体何を指しているのか、
という点が非常に関心があります。

それはそのことが分からなければ、
僕のような末端の医者が、
何を気を付けるべきか、
という点が分からないからです。

現状僕が考えていることは、
頭痛と発熱の患者さんに対しては、
それが軽症でも髄膜炎の可能性を疑い、
項部硬直のチェックは可能な限り行なう、
ということです。

それでは明日は僕が実際に経験した、
髄膜炎の事例についてお話したいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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山下

こんにちは。
私は先日、夫を髄膜脳炎で亡くしました。髄膜脳炎を調べている過程でこのサイトに辿り着いたのですが、夫も近所の医院で髄膜炎を見逃された気がします。夫は発熱(3日間39度から40度)、嘔吐、頭痛を訴え、早朝診療をしている医院に来院したのですが、発熱2日目に違う医院でインフルエンザのテストをしていたため、インフルエンザではないし、とりあえず薬を出すので飲んでくださいと帰されました。
診察中も冷や汗をかきながら、しっかり病状を伝えていたのですが。
その6時間後、私が会社をお昼で早退し戻ると、痙攣を起こしていて、救急車で運び、そのまま次の日には脳ヘルニアやなかかり脳死、3日後にはなくなりました。病名は髄膜脳炎でした。
もし、早朝に行った病院で気づいてくれてたら、こんなことにならなかったのではないかと悔しくてしかたないです。訴えるつもりはありませんが、3大症状も出ていて、触診もせず、早朝診療をしているにも関わらず(朝6時に行っているので、よほど具合が悪いから来ているとわからないのでしょうか。)最後に、具合が悪く待合室で待っていた夫の代わりに薬をもらいに受付に私が行ったら、なんでもやってあげて、お姉さんみたいだねと、先生に嫌味を言われました。本当に悔しいです。もちろん、風邪の状況と似ているとは思いますが、もう少し丁寧に診察して欲しかったです。
先生はどうおもわれますか?
by 山下 (2011-04-07 13:14) 

fujiki

山下さんへ
コメントありがとうございます。
ご主人様のことちょっと言葉がありません。
僕も病院に勤務していた時は、
頭痛と発熱で重症感のある患者さんには、
まずは髄膜炎を疑って髄液検査を…
という考えでいました。
勿論脳ヘルニアが疑われる場合には、
リスクがあるのでCTなどを優先します。
ただ、診療所や入院設備のない医院で診療していると、
髄液検査は通常すぐには出来ないので、
どうしてもその可能性に逆に鈍感になります。
記事の指針にもあるように、
頭痛と発熱があれば、
項部硬直のチェックは必須です。
ただ、常に意識をしていないと、
どうしても「ただの風邪だろう」というような、
安易な気持ちが働き易いのは事実だと思います。

僕も自戒しつつ、
日々の診療に当たりたいと思います。
by fujiki (2011-04-08 08:21) 

くずは

こんにちわ初めまして。
私も地方で勤務医をしているものです。
頭痛、発熱ある方が受診し、髄膜炎も鑑別に入れましたが、まず後部硬直がないこと、(ケルニッヒも確認しました)、他院の脳神経外科でなんともないといわれているとのことから別の疾患として治療していました。が。。。。やっぱり髄膜炎と他院で診断されたようです><。幸い元気でしたが、、、、、。
当院では髄液迅速検査できず、他院に早く送ればよかったと猛反省しました。
 後部硬直だけでは診断難しいかもとおもった一例です。
by くずは (2013-02-08 12:38) 

fujiki

くずは先生へ
貴重なご経験をありがとうございます。
僕が研修医の頃は、
「失敗して覚えろ」という感じだったのですが、
今は医者を見る目も厳しいので、
非常に難しいですね。
これからもよろしくお願いします。

by fujiki (2013-02-09 08:07) 

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