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司馬遼太郎「翔ぶが如く」 [身辺雑記]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は休みで、
何もなければ1日家にいるつもりです。

休みの日は医療以外の話題です。

司馬遼太郎の「翔ぶが如く」を、
ちびちびと読んでいて、
ようやく今日読み終えました。

西郷隆盛の一代記のように思っていたら、
明治6年から明治10年までの数年間の話でした。
征韓論のゴタゴタから西南の役で亡くなるまでの数年間が、
文庫本で10巻になるのですから、
いつもながらびっくりです。

「坂の上の雲」と同じように、
作者が要所要所で顔を出し、
登場人物の子孫に会った話や、
資料の解説などが差し挟まれ、
ちょっと歴史のお勉強の気分になれるところが、
この作者の人気の秘密なのでしょう。
ノンフィクションとフィクションのミックスの案配が、
ちょっと独特です。

ただ、肝心の西郷さんの人格は、
彼の資料が殆ど存在しないのですから、
はなはだ曖昧で、
はっきり言えば半分投げているような感じもあります。
小説と銘打つからには、
もう少し特定のイメージを、
しっかりと打ち出すべきではなかったか、
というようには思えます。

ただ、僕は「坂の上の雲」よりこちらの方がずっと好きです。

これはもう本当に可哀想で可哀想で、
後半の戦争の件などは、
切なくてじっくり読むのが辛くなります。
どうせ負けるのが分かっているのですから、
それを蛇の生殺しみたいに長く描くのも、
おそらく作者にとっても辛い作業ではなかったのかな、
という気がします。

桐野利秋と篠原国幹が馬鹿な悪党で、
それに祭り上げられた西郷が、
止むを得ず勝ち目のない明治政府との戦いに挑む、
というのが一般的な見方で、
また基本的には司馬遼太郎の見方でもあるのだと思います。

ただ、西郷隆盛も篠原国幹も、
殆ど人物像ははっきりしないような、
描き方しかされていないのに対して、
桐野利秋はやはり魅力的で、
なんでこんなに愚かなのだろう、
とは思いながらも、
その末路は切なくて切なくて、
涙なしでは読めません。

僕の手元に以前「人間大学」という番組で、
明治の人物像を講義した作家三好徹の書いたものがあって、
彼は桐野利秋は言われるような悪党でも間抜けでもなく、
そうしたのは彼の人気を怖れた、
明治政府の高官が流布した情報によるものだった、
という意見を表明しています。

西南の役で挙兵した時、
熊本城を見下ろす高地で青竹を振りかざし、
熊本城などこの青竹一本で充分だ、
と言ったという有名な挿話があって、
その勢いで考えも戦略もなく熊本城に攻撃を仕掛けたことが、
薩摩軍の失敗の始まりだったのですが、
三好徹はそれは明治政府が後で作った話で、
桐野はそんなことは言ってはいない筈だ、
という説です。

ただ、司馬遼太郎はこの青竹の挿話はそのまま使っていて、
桐野というのはその程度の男だ、
と考えていた節があります。

桐野というのは言ってみればテロリストなので、
テロリストを賛美するようなことは、
「良識のある」作家は、
あまりしないのが賢明なのでしょう。
ただ、実際にはこの大長編小説で、
魅力的な挿話の多くは、
桐野利秋にまつわるものです。

僕は最近はこうした自滅的な戦いというか、
負けると分かっていて戦う、というあり方に、
危険だとは分かっていても、
魅力を感じてなりません。

神風連の乱というのが西南の役の少し前にあって、
神道を信奉する一種の新興宗教団体が、
明治政府の欧化政策に反発して、
熊本で乱を起こし、
日本刀で多くの官僚を惨殺し、
そして自滅するのです。

これは政府がその団体にとって神聖なものとされている、
日本刀を携帯させない、という法律を作るのです。
それが教義から言って、受け入れ難いことは、
承知の上なのですが、
誰だって命は惜しいでしょうから、
どうせ大した抵抗はすまい、
と明治政府は甘く見る訳です。

人間が何処か他の動物と違う点があるとすれば、
僕はこうした点かも知れないと思います。

たとえば日本刀を神聖なものと考える、
というような観念は、
別に自然に存在するものではなく、
人間の文化が作り出したものです。
しかし、その文化を自分の生命より尊いと感じ、
その文化のために自分の命は無くなることが分かっていながら、
そのために勝ち目のない戦いをする、
という行為を人間は時に行なうのです。

他の動物はまず間違いなくそうした行為はしないでしょう。

僕はテロを賛美するつもりは毛頭なく、
悪であることを認めるにやぶさかではありませんが、
その一方で動物にはテロリストはいなくて、
人間だけにテロリストがいる、という事実は、
人間のというものの本性について、
何事かを語っているような気がします。

明治政府はそれまでの支配階級である武士に対して、
生きる以外の全ての権利を剥奪し、
「生かしてやるから有難く思え」
という高圧的な姿勢を見せました。

国家が保障するものは、昔も今もそれほど変わりなく、
「生かしてやるから有難く思え」
という姿勢のもとに、
1人1人の人間が、
心の中で大切にしているものを、
奪い続けているような気がします。

テロや暴力や特定の組織に絡み取られる以外に、
権力に奪い取られる大切な何かを守る方法はないのでしょうか?

何となくそんなことを考えつつ今日は終わってしまいそうです。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。
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みぃ

主人は、大河ドラマも大好きで、見ていますが、私は世界史も日本史も、戦争の繰り返しが多く、英雄と言われる人物達も、親兄弟も、人間として扱っていない事が多く、正直、詳細を知れば知る程、虚しさが先立ち、あまり好きでは無くなって来たような気がします。
動物の中でも、ゴリラは人間に近いらしく、テレビのドキュメンタリーを見る限り、ボスが少しでも失敗したり、弱くなったりするのを待ちながら、ナンバー2やなんば3は、ボスの座を、虎視眈々として、狙っている事も有るようです。  毛繕いのごますりも人間同様有るようで、それを使いながら、平気で裏切る事もします。  猿社会はボスを頂点として成り立っている社会ですから、有る意味、テロリストと言えるのではないでしょうか?  たぶん、チンパンジー等もかなり発達した脳を持っていますので、同じような事が起こっているかと推測しても良いのかも知れません。  あまりに人間社会に似ていたので、驚きを持って見ていたのを、思い出しました。
先生の本論を否定するつもりは、全く有りませんでしたが、一応、動物社会にも高等になると、人間社会と似たものが存在すると言う事だけをコメントさせて頂きました。
by みぃ (2010-06-27 23:20) 

yuuri37

凄い読み終わったのですか。
自慢じゃないけど、本は途中挫折が多い私。
最近、マンガすら読んでいません。
手塚治虫の夢はどんどん遠ざかっていくような・・・
母親業というのがくせ者で、これを放棄しない限りこれ以上自分の時間を確保するのは無理でしょうねw
私が中学生の時、真珠湾攻撃のことを批判する話を父にしたとき、山本五十六(東条英機だったかなあ)の話をしてくれました。
平和を望んでいた。そして、負けるって分かっていたということ。
そのとき、「自分には理解できないし、負けると分かっていたならなおさら許せない。」と言ったことを覚えています。
それを聞いて母が笑いながら「男と女の違いね。**さん(兄)は、分かるわよね?」と言いました。兄は「そういう人物に憧れてしまうところがなくはないですね」と答えていました。
人間は、複雑そして不思議。だからおもしろい。
人間相手に明日も仕事ができることに感謝して、おやすみなさい!!
by yuuri37 (2010-06-27 23:21) 

スマイル

こんばんは
昨日は、ご回答いただきありがとうございました。
安心いたしました。
お話は変わりますが
司馬遼太郎が大好きです。
彼の作家魂とこの国の形を解き明かし行く末を心配し
小説に全精力を傾けた生き方には脱帽です。
>「生かしてやるから有難く思え」
本当にそうですね。
司馬さんの残した功績は大きいわけですが、死が早すぎ
ました。司馬さん以外に、現代の中にここまで情熱を傾けて
歴史を紐解き、後世に役立てようとする方がいるので
しょうか?政治家にしろ中途半端な人ばかりです。
すみません、司馬遼太郎のお話がここで出てこようとは
思いもよらないことでしたので、余計な事を書きました。
失礼いたします★


by スマイル (2010-06-28 00:48) 

fujiki

みぃさんへ
コメントありがとうございます。

最近のものはそうではないのかも知れませんが、
歴史小説は基本的に男尊女卑の傾向は強いので、
ご抵抗をお持ちになるのは当然かも知れません。

確かに人間だけが違う、というようなことは、
本当はないのかも知れませんね。
by fujiki (2010-06-28 08:34) 

fujiki

yuuri37 さんへ
コメントありがとうございます。

その辺に男と女の本質的な違いがあるのかも知れませんし、
そうでないのかも知れません。
難しいですね。
by fujiki (2010-06-28 08:35) 

fujiki

スマイルさんへ
コメントありがとうございます。

僕は正直そんなに司馬遼太郎が好きではなかったのですが、
最近は割と読んでいるので、
ちょっとイメージは変わって来ました。
ファンの方からすると、
失礼な発言があるかも知れませんが、
ご容赦下さい。
by fujiki (2010-06-28 08:37) 

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