異型麻疹と修飾麻疹の話 [医療のトピック]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
朝から診療報酬のチェックを少しして、
それから今PCに向かっています。
昨年の9月にお薬を出した、
老人ホームに入所されている患者さんの、
薬剤費が不正請求だとして、
その分のお金が診療報酬から差し引かれました。
院外処方なので、
薬代は診療所に入金される訳ではなく、
薬局に入金され、患者さんもお金は薬局に払うのですが、
それが不正と見做されると、
そのお金は全額が診療所に請求されるのです。
不正というのは、要するに病名の書き漏れです。
たとえば、糖尿病のお薬を出すには、
「糖尿病」という病名がレセプトに書かれていないといけないのですが、
それがうっかりミスで漏れていた訳です。
その患者さんは糖尿病の患者さんなので、
別に不正な医療行為が行なわれた、
という訳ではなく、
書類の不備だけの問題です。
ただ、後で気が付いても、
一旦レセプトを出してしまうと、
それを修正することは認められていないのです。
老人ホームの診療は、
通常の診察料が請求出来ないので、
診療所に入るのは処方料の数百円だけです。
それで薬剤費が請求されると、
1万数千円になります。
つまり1万数千円が、まるまる赤字になるのです。
おまけに事務処理が遅く、
去年の9月の請求が、
何と10ヶ月後の今月に来るのです。
酷いですよね。
でも、事実だから仕方がないのです。
せめて、病名の付け忘れだけなら、
修正が認められても良いのでは、
と思うのですが、
それはいけないことですか?
すいません。
愚痴はこれくらいにして、
今日の話題です。
今日は麻疹(はしか)のワクチンと、
それによる特殊な麻疹の話です。
ちょっと麻疹ワクチンの歴史を紐解きます。
まず、1960年に最初の弱毒生ワクチンが、
国内外で開発されました。
これはつまり麻疹のウイルスそのものの、
毒性を弱めたものです。
ただ、実際にこのワクチンを使ってみると、
熱や発疹がしばしば強く出現し、
ワクチンとしては不適であるとされました。
それから次に開発されたのが、
ホルマリン処理などでウイルスを殺した、
所謂不活化ワクチンです。
まず、この不活化ワクチンを打って、
弱い免疫を付けた後で、
生ワクチンを打つと副反応が和らげられるのでは、
という理論があり、
そうした手法でのワクチン接種が、
1966年から行なわれました。
しかし、この不活化ワクチンを接種したお子さんが、
その後に麻疹ウイルスに接触すると、
「異型麻疹」と呼ばれる特殊な状態に成り易いことが、
後に明らかになりました。
「異型麻疹」というのは、
麻疹ウイルスの感染による症状であることは間違いがありませんが、
通常の麻疹とは異なる経過を取ります。
まず高熱が出て、その後あまり時間を置かずに、
手足だけが赤くなるような湿疹が出現します。
小さな出血が集まったような湿疹になることもあります。
つまり麻疹の典型的な湿疹は出ないのです。
怖いのは、それからすぐに重症の肺炎を来たす、ということです。
その肺炎も、しこりのような影が急激に肺全体に広がる、
という特殊な形態のものです。
肝機能が悪くなることもあります。
どうもワクチンの影響で、
不完全な抗体が産生されることが、
こうした現象の背景にありそうです。
ハリソン内科学には、
不活化ワクチン製造時のホルマリン処理により、
ウイルスが感染した細胞から他の細胞に広がるのに重要な、
F蛋白に対する抗原性が消失するために、
その抗体が産生されないことが、
原因の可能性が高い、という記載があります。
日本の文献の殆どには、
こうした踏み込んだ記載はありません。
「異型麻疹というのがあるんだ。覚えとけよ」
という暗記事項止まりなのが、
日本の教科書の欠点ですね。
また、好酸球という白血球が増加することが多いことから、
アレルギーのメカニズムの関与が疑われる、
という点は間違いがなさそうです。
つまり異型麻疹というのは、
不完全なワクチンの刺激を誘引とする、
麻疹ウイルスに対する一種の過敏反応なのです。
その後1971年に新たな製法による、
高度弱毒生ワクチンが発売され、
そのワクチンに切り替わって、
不活化ワクチンが使用されなくなったため、
その後の異型麻疹の発生は激減しています。
ただ、新しい生ワクチンの接種でも、
抗体が不充分にしか出来ないケースでは、
稀に異型麻疹の発生が報告されています。
つまり、ワクチンというのは、
常にこうした危険性を孕んでいるのです。
皆さんは生ワクチンより不活化ワクチンの方が、
副反応は少なく安全性も高い、
とお考えになるかも知れません。
ただ、それは必ずしも正しい認識ではなく、
実際の感染に近い免疫反応を惹起するワクチンの方が、
より安全性が高い、という側面もあるのです。
もう1つ異型麻疹と紛らわしい特殊な麻疹に、
修飾麻疹があります。
これはワクチンの効果により、
通常とほぼ同じ免疫が成立するのですが、
その後長く麻疹ウイルスに接触しないと、
その免疫の効果は徐々に低下し、
ワクチンと過去に打っていても、
麻疹に罹る、という事例が存在します。
この場合、通常の麻疹より症状が軽い麻疹に罹ることがあります。
それほど熱も出ず、湿疹も風疹のような、
軽く薄い色になります。
これが修飾麻疹です。
この麻疹は罹った方にとっては軽く済むので、
それほど大きな問題はありませんが、
典型的な症状が出ないので、
麻疹と診断が付かないケースがあり、
その場合、周囲にウイルスを撒き散らして、
感染を拡大する結果になる、という点が一番の問題です。
従って、アメリカ流に麻疹を撲滅する、
という目標を掲げると
(実際に日本は今掲げている訳ですが)
修飾麻疹の患者さんを減らすことが、
その意味では重要になってくるのです。
これを防ぐ方法は勿論、
適切な時期にワクチンの追加接種を行なうことであり、
それでブースター効果により抗体が上昇すれば、
修飾麻疹になる患者さんは減るのです。
今日はちょっと特殊な出方をする麻疹の話でした。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
朝から診療報酬のチェックを少しして、
それから今PCに向かっています。
昨年の9月にお薬を出した、
老人ホームに入所されている患者さんの、
薬剤費が不正請求だとして、
その分のお金が診療報酬から差し引かれました。
院外処方なので、
薬代は診療所に入金される訳ではなく、
薬局に入金され、患者さんもお金は薬局に払うのですが、
それが不正と見做されると、
そのお金は全額が診療所に請求されるのです。
不正というのは、要するに病名の書き漏れです。
たとえば、糖尿病のお薬を出すには、
「糖尿病」という病名がレセプトに書かれていないといけないのですが、
それがうっかりミスで漏れていた訳です。
その患者さんは糖尿病の患者さんなので、
別に不正な医療行為が行なわれた、
という訳ではなく、
書類の不備だけの問題です。
ただ、後で気が付いても、
一旦レセプトを出してしまうと、
それを修正することは認められていないのです。
老人ホームの診療は、
通常の診察料が請求出来ないので、
診療所に入るのは処方料の数百円だけです。
それで薬剤費が請求されると、
1万数千円になります。
つまり1万数千円が、まるまる赤字になるのです。
おまけに事務処理が遅く、
去年の9月の請求が、
何と10ヶ月後の今月に来るのです。
酷いですよね。
でも、事実だから仕方がないのです。
せめて、病名の付け忘れだけなら、
修正が認められても良いのでは、
と思うのですが、
それはいけないことですか?
すいません。
愚痴はこれくらいにして、
今日の話題です。
今日は麻疹(はしか)のワクチンと、
それによる特殊な麻疹の話です。
ちょっと麻疹ワクチンの歴史を紐解きます。
まず、1960年に最初の弱毒生ワクチンが、
国内外で開発されました。
これはつまり麻疹のウイルスそのものの、
毒性を弱めたものです。
ただ、実際にこのワクチンを使ってみると、
熱や発疹がしばしば強く出現し、
ワクチンとしては不適であるとされました。
それから次に開発されたのが、
ホルマリン処理などでウイルスを殺した、
所謂不活化ワクチンです。
まず、この不活化ワクチンを打って、
弱い免疫を付けた後で、
生ワクチンを打つと副反応が和らげられるのでは、
という理論があり、
そうした手法でのワクチン接種が、
1966年から行なわれました。
しかし、この不活化ワクチンを接種したお子さんが、
その後に麻疹ウイルスに接触すると、
「異型麻疹」と呼ばれる特殊な状態に成り易いことが、
後に明らかになりました。
「異型麻疹」というのは、
麻疹ウイルスの感染による症状であることは間違いがありませんが、
通常の麻疹とは異なる経過を取ります。
まず高熱が出て、その後あまり時間を置かずに、
手足だけが赤くなるような湿疹が出現します。
小さな出血が集まったような湿疹になることもあります。
つまり麻疹の典型的な湿疹は出ないのです。
怖いのは、それからすぐに重症の肺炎を来たす、ということです。
その肺炎も、しこりのような影が急激に肺全体に広がる、
という特殊な形態のものです。
肝機能が悪くなることもあります。
どうもワクチンの影響で、
不完全な抗体が産生されることが、
こうした現象の背景にありそうです。
ハリソン内科学には、
不活化ワクチン製造時のホルマリン処理により、
ウイルスが感染した細胞から他の細胞に広がるのに重要な、
F蛋白に対する抗原性が消失するために、
その抗体が産生されないことが、
原因の可能性が高い、という記載があります。
日本の文献の殆どには、
こうした踏み込んだ記載はありません。
「異型麻疹というのがあるんだ。覚えとけよ」
という暗記事項止まりなのが、
日本の教科書の欠点ですね。
また、好酸球という白血球が増加することが多いことから、
アレルギーのメカニズムの関与が疑われる、
という点は間違いがなさそうです。
つまり異型麻疹というのは、
不完全なワクチンの刺激を誘引とする、
麻疹ウイルスに対する一種の過敏反応なのです。
その後1971年に新たな製法による、
高度弱毒生ワクチンが発売され、
そのワクチンに切り替わって、
不活化ワクチンが使用されなくなったため、
その後の異型麻疹の発生は激減しています。
ただ、新しい生ワクチンの接種でも、
抗体が不充分にしか出来ないケースでは、
稀に異型麻疹の発生が報告されています。
つまり、ワクチンというのは、
常にこうした危険性を孕んでいるのです。
皆さんは生ワクチンより不活化ワクチンの方が、
副反応は少なく安全性も高い、
とお考えになるかも知れません。
ただ、それは必ずしも正しい認識ではなく、
実際の感染に近い免疫反応を惹起するワクチンの方が、
より安全性が高い、という側面もあるのです。
もう1つ異型麻疹と紛らわしい特殊な麻疹に、
修飾麻疹があります。
これはワクチンの効果により、
通常とほぼ同じ免疫が成立するのですが、
その後長く麻疹ウイルスに接触しないと、
その免疫の効果は徐々に低下し、
ワクチンと過去に打っていても、
麻疹に罹る、という事例が存在します。
この場合、通常の麻疹より症状が軽い麻疹に罹ることがあります。
それほど熱も出ず、湿疹も風疹のような、
軽く薄い色になります。
これが修飾麻疹です。
この麻疹は罹った方にとっては軽く済むので、
それほど大きな問題はありませんが、
典型的な症状が出ないので、
麻疹と診断が付かないケースがあり、
その場合、周囲にウイルスを撒き散らして、
感染を拡大する結果になる、という点が一番の問題です。
従って、アメリカ流に麻疹を撲滅する、
という目標を掲げると
(実際に日本は今掲げている訳ですが)
修飾麻疹の患者さんを減らすことが、
その意味では重要になってくるのです。
これを防ぐ方法は勿論、
適切な時期にワクチンの追加接種を行なうことであり、
それでブースター効果により抗体が上昇すれば、
修飾麻疹になる患者さんは減るのです。
今日はちょっと特殊な出方をする麻疹の話でした。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2010-06-04 08:23
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コメント(5)
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6月3日のコメントのお返事頂ければ幸いです
by シロ (2010-06-04 08:31)
お返事ありがとうございました。
身近で流行っているので予防策は、やはり手洗いうがいでしょうか?
by シロ (2010-06-04 10:14)
レセプトは電算化されたのですから、もう少し効率よく処理できるんじゃないかと思うんですけどね。。。
返戻って本当に面倒くさいです。。。
by iyashi (2010-06-04 18:13)
シロさんへ
鼻の粘膜からの侵入が主なので、
うがいの効果はそれほどはないかも知れません。
他人の咳を浴びないことが一番でしょうか?
咳をする人がマスクをするのが良いのですが、
してくれない場合には、
自分でマスクをするのが、
万全ではありませんが、
ある程度の効果はあると思います。
まあ、でも、うつる時は仕方がない、
くらいに僕自身は考えています。
by fujiki (2010-06-04 21:11)
iyashi さんへ
コメントありがとうございます。
すぐに戻って来るものなら良いのですが、
半年以上経ってから、
急にお金をむしりとられる、というのは、
どうも納得が行きません。
by fujiki (2010-06-04 21:12)