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メトホルミンの話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

今月「メトグルコ」という商品名の薬が、
発売になりました。

これは糖尿病の新薬ですが、
実は1961年に発売された、
グリコラン、メルビン、という商品名の薬と、
基本的には同一の製品です。

その一般名はメトホルミンで、
ビグアナイト系、と呼ばれる糖尿病の薬の1つです。

つまり、本来ならジェネリックもある訳ですから、
同じ薬を再び新薬として発売するなど、
システム上あってはならないことの筈です。

しかし、実際にはそうしたことが起こっているのです。

それは一体何故でしょうか?

以下この薬の歴史を紐解きつつ、
その理由をお話します。

ビグアナイトとは何でしょうか?

これはグアニジンという物質が、
その元になっています。
グアニジンはアセチルコリンという、
神経伝達物質の遊離を刺激する物質ですが、
同時に血糖を下げる作用のあることが、
経験的に知られていました。
それで、グアニジンを2つくっつけたような化合物を造れば、
より強力な血糖降下剤となるのではないか、
と考えられたのです。

そうした合成された薬が、
ビグアナイト(biguanides )です。

海外では1950年代からその使用が始まり、
構造の少し違う、
ブホルミン、フェンホルミン、メトホルミンの3種類が使用されました。

この薬のその時点での弱点は、
何故血糖が低下するのか、
その仕組みが全く分かっていなかった、
という点にあります。
何だか分からないのに効く、というのは、
処方する医師にとっても、
実際にその薬を飲む患者さんにとっても、
お互いにあまり気分の良いものではありません。

その上、追い討ちを掛けるかのように、
フェンホルミンで乳酸アシドーシスという、
重症の副作用が多発し、
亡くなる患者さんも複数報告されて、
この薬剤は全世界的に使用中止となりました。
1970年代の後半のことです。

乳酸というのは所謂疲労物質です。
筋肉がエネルギーを使うと、
乳酸が生まれます。
通常のこの乳酸は、
一部は肝臓に取り込まれてブドウ糖に変わり、
余った部分はミトコンドリアの内部で分解されます。
この乳酸が血液の中で溜まると、
血液は酸性になって、
最悪は死に至るのです。

何故ビグアナイトで乳酸アシドーシスが起こるのでしょうか?

この理由も副作用が問題となった時点では謎でした。

そのためにフェンホルミン以外の、
メトホルミンとブホルミンも、
使用禁止とはならなかったものの、
その使用は非常に限られたものとなったのです。

僕が大学の医局にいた1990年代の中頃には、
メトホルミンを使う医者は、
糖尿病の専門、非専門に拘らず、
殆どいませんでした。

しかし、実はその1990年代の中頃に、
アメリカを中心にメトホルミンの再評価が始まったのです。

1995年にはメトホルミンが血糖を改善し、
副作用も少ないことが臨床試験で報告され、
1996年にはインスリンの効きを良くする作用も確認されました。
1998年には糖尿病の合併症を予防する効果も示され、
そうした大規模な臨床試験の結果を受けて、
2005年に発表された、
国際糖尿病学会(IDF)のガイドラインでは、
腎機能障害がなければ、
糖尿病(より正確には2型糖尿病)の、
第一選択薬とされたのです。

こういう流れが生まれた裏には、
メトホルミンが何故効くのか、
というメカニズムが、
ある程度判明した、という知見があります。
(この点に関する先駆的な文献は2001年に発表されています)

メトホルミンは、
AMPキナーゼという酵素を活性化させる働きがあります。
この酵素は筋肉にも肝臓にもあり、
その活性化は筋肉ではブドウ糖の取り込みを増加させ、
肝臓では血液に放出するブドウ糖を減少させます。
その結果として、
血液のブドウ糖は減り、
血糖値は低下するのです。
この効果を別の言葉で言えば、
インスリン抵抗性の改善、ということになります。

更にこの知見から、
メトホルミンが乳酸アシドーシスを起こすメカニズムも、
同じように推論可能です。

筋肉が多くのブドウ糖を取り込むと、
その結果として分解されて出来る乳酸も上昇します。
この余分の乳酸の一部は、
先ほど書いたように肝臓の中に入って、
ブドウ糖に変換されるのですが、
その働きを、メトホルミンは妨害するのです。
それでも、余分の乳酸は主にはミトコンドリアの中で分解されるので、
その働きに問題がなければ、
乳酸アシドーシスは起こりません。
しかし、もし乳酸がスムースに分解されないような状況が存在すると、
メトホルミンが肝臓への乳酸の取り込みを妨害しているので、
それだけ乳酸が溜まり易い、
という理屈になる訳です。

ちょっとややこしいですね。

日本でメトホルミンが盛んに使われるようになったのは、
2005年に国際的なガイドラインが発表された以降のことでしょう。

1996年にはその再評価は始まっているのですが、
たとえば僕の手元に1997年発行の、
日本臨床という雑誌の糖尿病特集の大冊がありますが、
そこにはメトホルミンのことは殆ど触れられておらず、
日本における専門家と称される人達の、
感度の鈍さを窺わせます。

メトホルミンの使用が増加してくると、
それまでのメトホルミンの添付文書と、
現実との余りの乖離が、
浮き彫りとなって来ました。

メトホルミンは腎臓で代謝されるので、
腎機能障害が存在すると、
それだけ副作用のリスクは高まります。
低血糖は起こり難いのですが、
その代わり乳酸アシドーシスのリスクが増えます。
また、ご高齢の方では、
ミトコンドリアの機能も落ちていることが多く、
それだけ副作用のリスクが高まります。

実際、1998年のFDAの発表では、
メトホルミンによる乳酸アシドーシスで、
死亡した患者20名の平均年齢は70歳で、
殆どが血液のクレアチニンが1.5mg/dl を超える、
腎機能障害の患者さんでした。

つまり、この薬はご高齢の方と腎機能の悪い方では、
より慎重に使用する必要性があります。

ただ、日本のこれまでの添付文書では、
全ての高齢者と腎機能障害(軽症を含む)が、
禁忌とされています。

つまりこの文面を読む限り、
65歳以上の方にはこの薬は使えませんし、
血液のクレアチニンが少しでも上がっていたり、
おしっこに蛋白の検出されているような方は、
この薬を使うことは出来ません。

これは実際にはかなり非現実的な記載だと、
思わざるを得ません。

また、この薬は海外では2000mgから3000mgが使用されていますが、
日本でこれまで認められていた量は、
上限が1日750mgまでです。
つまり海外の4分の1しか使えない、という設定で、
これもあまりに非現実的な設定です。
実は1961年の時点では、
この薬は1日1500mgまで使用が認められていたのですが、
1970年代後半の乳酸アシドーシス騒動を受け、
急遽750mgまでに減量された、といういきさつがあります。
半分の量にしておけば、
効かないだろうが、副作用もで難いだろう、
という安易で非科学的な判断が、
ここに垣間見れます。

つまり、この薬は長いこと、
実際には使っては欲しくない、という薬であったのです。
そのために、殆ど全ての人が当て嵌まるような項目が、
禁忌に設定され、
(上の条件以外に、肝機能障害や脱水症、胃腸障害なども含まれ、
全て加えれば、殆どの糖尿病の患者さんで、
使用が不可とされそうです)
その用量も、殆ど効果のないくらいに、
低く設定されたのです。

そして今回、実際と添付文書の記載との乖離を解消するために、
添付文書の適応を変えるのではなく、
同じ薬をもう一度新薬として再発売する、
という奇策が今年実現したのです。
それは、仮に添付文書の改定をするとすると、
新たな資料は全て国内のデータでないといけないのに対し、
新薬の審査は海外のデータも使用が可能だからです。
何か馬鹿馬鹿しく吐き気のするほど下らない許認可の仕組みが、
その裏にあるのが何となく分かりますね。

ともあれこれにより、
もうジェネリックの出ている薬が、
そのもの自体は全く同じなのに、
新たな値段で新薬の扱いとなったのです。

ただ、新薬とは言っても、薬価はジェネリックと、
殆ど違いはありません。
(新薬扱いで薬価は1錠9.9円。ジェネリックは9.2円です。
同一の先発品の薬価は9.6円です)
それなのに多大な労力を掛けて、
製薬企業は再発売のために臨床試験を行なったのです。
その見返りは何処にもありません。

ジェネリックで医療費を下げることのみが正義であると、
皆さんは思われるかも知れませんが、
そうした仕組みは、このように、
本当に皆さんの健康に役立つ「古い薬」の、
再評価を妨げる制度でもあるのだと言うことを、
是非お分かり頂きたいと思います。

この新薬の添付文書では、
その用量は一気に2250mgまでが認められ、
その禁忌も、全ての腎障害ではなく、
中等度以上の腎障害とされました。
これは概ね血液のクレアチニンが男性1.3、女性1.2以下なら使用OK、
というニュアンスのようです。
また高齢者は一律禁忌ではなく、
慎重に使用すること、とされました。

こうした改訂は、
概ね理屈に合ったものだと僕は思います。

ただ、急に上限の用量が3倍量になる、
というのは、ちょっと気懸りではあります。
日本人でそうした高用量の安全性の検証が、
それほど行なわれている訳ではないと思うからです。

糖尿病の治療には現時点で日本と海外で大きな差があり、
その顕著なものが、このメトホルミンの使用です。

欧米ではメトホルミンが基本薬とされ、
SU剤というタイプの薬はあまり評価されていないのに対し、
日本ではメトホルミンは最近まで殆ど使用されず、
SU剤が飲み薬の治療の主流でした。

この違いは埋めて行かねばならないものですが、
メトホルミンが本当に日本人の糖尿病治療にも、
主役であるべきなのか、
もう少し慎重な検討が必要なのではないか、
と僕は思います。

それでは今日はこのくらいで。

明日ももう少しメトホルミンの話を続けます。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 6

iyashi

3錠分3→9錠分3までOKというわけですね。。。(呆)
欧米人と東洋人との個体差も考慮に入れなければならないですよね。
インクレチンの注射剤も発売されますし、使用にあたって非常に注意が必要になってきますね。。。(難)
勿論増量する時は短期投与からになると思いますが、長期投与が当たり前になった現在、正直怖い話です。。。

by iyashi (2010-05-13 18:53) 

fujiki

iyashi さんへ
コメントありがとうございます。

まあ、以前の用量でもあり、
1日1500mgまでは増量も良いと思いますが、
3倍量はちょっとリスクが高いのでは、
という気がします。
by fujiki (2010-05-13 20:58) 

nosmokerider

先発メーカーの治験や安全性の追加試験の努力を
軽視?しているようなジェネリック誘導

安価が必ずしも患者さんのためにならないと思います
私は1500mgを最大用量で処方を考えています.
2250mgは時間経過してから考えます

メルビンだけでA1cが劇的に低下される方もおられ
抵抗性の潜在性の多さと糖新生の重要さを改めて
外来診療で考える日々です
by nosmokerider (2010-05-14 18:22) 

fujiki

nosmokerider さんへ
コメントありがとうございます。

僕も単剤で著効した事例は、
経験しています。
ただ、必ずしも事前に予測が付かないのが、
難しいところですね。
by fujiki (2010-05-15 06:25) 

arksan

投与量-投与スケジュールの最適化を論じた報告があれば、早朝高血糖の糖新生抑制に ビグアナイド増量以外の方法でもっと有効に使えそうだと感じています。
by arksan (2010-06-13 08:26) 

fujiki

arksan さんへ

ビグアナイトの投与時刻など、
使用法を工夫するということでしょうか?
貴重なご指摘ありがとうございます。
by fujiki (2010-06-13 21:53) 

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