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企業健診でうつ病が予防出来ると、本気で考える人達に対する絶望について [仕事のこと]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。

それでは今日の話題です。

先日こんなニュースがありました。
【うつ病チェック、健診で…来年度から実施へ】政府は職場のストレスなどを原因としたうつ病など精神疾患の広がりに対処するため、企業や事業所が実施する健康診断に精神疾患を早期に発見するための項目を盛り込む方針を固めた。(中略)企業の健康診断は、労働安全衛生法で実施が義務付けられており、身長や体重の測定、血糖検査、尿検査など実施すべき項目を労働安全衛生規則で定めている。政府は同規則などを改正して、精神疾患のチェックを項目として盛り込む考えだ。長妻厚生労働相は19日、都内の労働基準監督署などを視察後、「何週間も何日も眠れないなど、そういった項目を医師が聞いて、うつ病をチェックできないか検討したい」と述べた。(2010年4月20日配信ニュースを一部改変)

企業健診でうつ病のスクリーニングをする、
ということのようです。
類推する限り、
うつの診断のための問診表のようなものを、
労働者の健診に義務付ける、ということでしょうか?

皆さんはこのニュースをどう思われますか?

国を挙げて職場のうつに取り組むのだな、
良いことじゃないか、と思われるでしょうか?

僕はあまりそうは思いません。
長妻さんのことは嫌いではないので、
何かとても切ない気分になります。

まず、1つのことを確認しておきましょう。

労働者の健康診断についてです。

労働者を雇っている事業所は、
その全ての労働者に健診を受けさせる義務があります。
その項目は「最低これだけはやりなさいよ」
というものが、
労働安全衛生法という法律によって、
細かく決められています。

それがどんなに小さな企業であっても、
経営者はその内容通りの健診を、
全ての労働者に受けさせなければなりません。
そして、ここが一番のポイントですが、
その費用は全てその企業の負担になります。

従って、どなたか雲の上の方の気まぐれによって、
急に健診の項目が追加されれば、
その負担は直接その企業に圧し掛かります。

その負担は大企業では軽いために、
人間ドック並みの健診が保障されているところもあり、
中小企業ではその負担は相対的に大きく、
時に企業の業績に影響を与えることもあります。

国がどなたかの思い付きで、
健診の項目を変えるのは至極簡単なことです。
「お前ら、これをやれよ」
と言えばそれでいいだけのことだからです。
国のすることは、
「やれよ」と言うだけです。
つまり一銭の金も出しません。
予算が必要ないのですから、
ただ権力を振るうだけの作業です。

その被害を蒙るのは、
実際には中小企業の事業主なのです。

従って、それは勿論労働者の健康を守ることは、
重要なことであるに間違いはありませんが、
今のように景気が悪く、中小企業の経営が苦しい時には、
企業に余分の負担を強いるような行為は、
慎重であるべきことは言を待たないと思います。

つまり、今のような時期には、
余程の効果が望めるものでなければ、
安易に強制力のある健診の項目を、
増やすようなことをしてはいけません。

その意味で、僕はこのニュースにあるような思い付きは、
軽率に言い出すようなことではないと思います。

「精神疾患を早期に発見する項目」とはどのようなものでしょうか?

そんな魔法のような「項目」が、
僕の知らないうちに発見されたのかしら。

仮にこれを「項目」ではなく専門家としたら、
それは誰でしょうか?

「精神科医」とお答えになる方が多いかも知れません。

上の記事にもその臭いはあります。
多分行政が一番理想的と思っているのは、
全ての労働者に精神科医による診察を受けさせる、
ということなのでしょう。

しかし、全ての労働者を精神科医が診察する、
というようなことが、
実現可能とは思いませんし、
そうすることが良いこととも僕は思いません。

僕の考えでは、
精神科医というのは、
その人が心の病気だという前提で、
その人を患者として治療をする人達であって、
時に病気でない人も、
その本人が意識的にせよ無意識的にせよ、
病気になりたがっているような心性を持っていれば、
病気をでっち上げてしまうことも、
稀ではないと思うからです。

つまり、彼らはうつ病の治療のエキスパートではあっても、
うつ病の予防のエキスパートではなく、
うつ病にならないように、
社会生活を送るための知恵を持っている訳でもないのです。
彼らの知識は非常に狭い範囲に留まり、
一般的に言って社会生活に明るいタイプの職種ではありません。
別の言葉で言えば、
病気オタクの世間知らずです。

ちょっと考えて見て下さい。
純粋に功利的な観点からすれば、
精神科医にとっては、
うつ病の患者さんが増えた方が、
どちらかと言えば良いのです。
病気の人を治すことが医者の生き甲斐であって、
その生き甲斐のためには病気の患者さんが必要なのです。
患者さんの存在が必要な人達に、
患者さん自体を減らすような役割が、
果たして担えるでしょうか?

彼らに任せれば、
間違いなくうつ病の人口は、
更に増えることになるでしょう。
彼ら自身はうつ病ではないとしても、
(中にはそうした方もいると思いますが)
彼らに接触することは、
接触した人をうつ病にするリスクを高めるからです。

たとえば人間についての知識は殆どない宇宙人が、
人間のうつ病の原因を研究したとすれば、
その原因の第一位が、
「精神科医と接触すること」であったとしても、
僕は不思議ではないと思います。

すいません。
ちょっと表現が過激に走ったような気がします。
ご不快に思われた方がいれば、
どうかお許し下さい。

話を元に戻しましょう。

1つの考えとして、
全ての労働者が精神科医の診察を受ければ、
うつ病が減るのではないか、という考え方があります。

ただ、勿論全ての労働者を精神科医が診断する、
などということが、
物理的にも医療経済的にも可能であるとは、
行政も思ってはいない筈です。

そのために、なるべくお金の掛からない方法として、
簡単なうつ診断テストのようなものを、
健診に追加することが、
想定されているのだと思います。

それでは、労働者に決まった様式の質問表を配布することで、
うつ病の一次予防に役立てる、
などということが可能でしょうか?

これは実は前例があって、
診療所のある地区の区民健診では、
ご高齢の方にそうした質問表が配布されています。

それはたとえば、こうしたタイプのものです。

Q1;気分が沈んで憂うつですか?
Q2;今の生活に満足していますか?
Q3;自分が役に立つ人間だと思いますか?

これは基本的にSDSと呼ばれる、
うつ診断の簡単な自己チェックシートからの抜粋です。

この質問の答えが幾つ以上ならうつの疑い、
などと判断する訳ですが、
Q1はともかくとして、
Q2やQ3はどうでしょうか?
ちょっと酷い質問ですよね。

これを見て、ある70代の男性の方は、
「愚問で答えるに値しない」と言われて、
質問用紙を僕にそのまま返されました。

これがまっとうな人間の考え方だと僕は思います。
こうした紙切れで病気を判断出来ると考えている人の方が、
遥かに非人間的な思考を持っています。

しかし、その非人間性こそ行政というものの本質ですから、
このような質問表を配って義務付け、
その結果が何点以上なら、
精神科医の診察を勧奨する、
というような方向性を、
おそらくは行政は考えているのだと思います。

ただ、僕は産業医をしている経験から、
こうした画一的な義務化は、
ナンセンスだと思います。

僕の関わっているある企業では、
もう何年もうつ病で休職される方は出ていません。
その一方で、同じく関わりのある企業では、
連日のように精神疾患での休職の相談があります。

仕事というものは、人間にとって多くの生き甲斐の元でもあり、
社会生活の基本を成すものであると共に、
人間の大きなストレスの要因でもあります。

個々の職場によって、
その労働者のストレスの質も量もまるで異なり、
うつなどの精神疾患に罹患するリスクも大きく異なります。
しかし、うつになり易い企業が、
必ずしも悪いとも言い切れません。
ストレスの強い職場には、
ある意味より多くのチャンスがあり、
達成感や遣り甲斐もある場合があるからです。
むしろ問題は職場と労働者とのミスマッチに、
ある場合が多いのではないか、
というようにも思えます。

つまり、企業は様々であり、
画一的な心理テストやうつ尺度のようなものを、
機械的に持ち込むことは無意味なのです。
そんな項目を追加して、
それを義務化し、
現場をまた無用な混乱に巻き込む必要があるとは、
僕には思えません。

それではどうすれば良いのか、
ということになりますが、
僕はもう少し産業医が働くべきだ、
という意見です。

通常勤怠が問題になった時点で、
すぐに産業医との面談をセッティングし、
それを経なければ残業はストップする、
などの措置を取るのはどうでしょうか?

それだけでも、かなりの予防効果がある、
と僕は思います。

現在の産業医の立場は多分にお飾りの面があり、
またその報酬はこれも全て企業が負担するので、
かなり低いものに抑えられているのが現状です。

上のニュースのような施策を取る代わりに、
産業医の権限の強化と、それに見合った待遇への行政の補助を、
僕は提案したいと思います。

病気を治す医者と病気を予防する医者とは、
基本的に考え方が違うのです。
それを同列に考えるのは僕は誤りだと思います。
幅広い分野の予防のエキスパートというのが必要だと思いますし、
企業においてはそれが産業医の役割なのではないか、
と僕は考えて日々の診療を行ない、
産業医活動をしているつもりです。
ただ、時間も限られ、やれることには限界もあります。
そうした中で、こうしたニュースが流れ、
お金は出さずに画一的な決まりを作り、
それで何かを成したような主張をされると、
僕は何か絶望的な気分を感じざるを得ないのです。

健診の項目を増やしたら、
それで職場のうつ病が減る訳がないじゃないか、
馬鹿!
健診の用紙も全部刷り直さないといけないし、
無駄なお金が沢山掛かるだけなんだよ。

皆さんはどうお考えになりますか?

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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まみしゃん

ウチの夫もそうですが「自分は鬱病なんかにならない」と思いこんでいるのは働き盛りの年頃の男性にいちばん多いのではないでしょうか?
まして、それが会社の健診ということに含まれれば、このご時世問診票に「鬱病だと思われたら困る」という方が多いのでは?と新聞を読みながら思っていました。
長妻さんは、私も期待していたんですけどね。
国は口だけではなく、実際に実行に移せるような予算をつけてほしいですよね。
by まみしゃん (2010-04-21 09:53) 

iyashi

私も新聞で読みました。
健診の項目に入れるべきものではないと私も思います。
健診は流れ作業のようなところがあるように感じるので、問診票にチェックを入れるだけで終わってしまう気がしちゃいます。
そんなもので本当のうつ病が発見できるとは到底思えません。
by iyashi (2010-04-21 15:37) 

Daddy恭男

問診は故意に違う回答をする方もいると思われます、今のご時世。鬱で仕事を失うのではと。少し大きめの職場では何処も、産業医の先生が来られる日は専門外の悩みで混み合い、まるでカウンセリングルームのようになっていると耳にします。もう少し行政もお金の使い道を有効にして欲しいと思います。
by Daddy恭男 (2010-04-21 18:08) 

fujiki

まみしゃんさんへ
コメントありがとうございます。

どういう形で正式に決まるのか分かりませんが、
もう少し柔軟な発想があればな、と思います。
by fujiki (2010-04-22 07:55) 

fujiki

iyashi さんへ
コメントありがとうございます。

そうですね。
表面的にチェックしただけで終わる結果になることが、
ほぼ見えている点と、
「全ての労働者」に義務化する、
という点が現実的でないと思います。
by fujiki (2010-04-22 07:57) 

fujiki

Daddy恭男さんへ
コメントありがとうございます。

表面的な対策で、
零細な事業主に、
負担を掛けることは意味がないと思います。
問診表というのは不思議なところがあって、
本当に内因性のご病気の方は、
正直に回答することが多いのです。
問題はそれは軽症の方のスクリーニングや、
予防的な対策には、
基本的に向いていない、ということです。

むしろ精神的なご病気で失職した場合の、
セーフティーネットの強化や、
職場が向いていなかった場合の、
転職をスムースに行なえるようなシステムの構築の方が、
余程精神疾患の予防になるのでは、
と僕は思います。
by fujiki (2010-04-22 08:04) 

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