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「抗体依存性感染増強現象」の話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から事務仕事をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

先週、ちょっとトンデモニュースに属するものが、
カナダから寄せられて、一部で話題になっています。

カナダで統計を取ったところ、
以前に季節性インフルエンザのワクチンを打った人の方が、
新型インフルエンザに感染し易かった、
というのです。

カナダではこの統計のみを根拠にして、
季節性インフルエンザの接種を中止する動きがあるそうです。

普通ワクチンを打って免疫が存在した方が、
病気には罹り難くなる筈なのに、
却って罹り易くなる、というのですから、、
天地の引っくり返るような仰天話です。

この現象について、
ある免疫学者の先生は、
ワクチンによる免疫の増強効果が、
却って他の種類のウイルスに感染し易くするような現象があり、
デング熱などの実例があるので、
そうした現象が起こっているのではないか、
との意味のコメントを寄せています。

たとえば、Aソ連型のワクチンを打った人の方が、
今回の新型インフルエンザには感染し易くなるのだ、
と言う理屈です。

ワクチンというのはある病気に罹らないように受けるものの筈なのに、
それが却って他の病気に罹り易くする行為なのだとしたら、
ワクチンという考え方自体が、
根底から崩れてしまいます。

本当にこんなことがあるのでしょうか?

現時点での僕の考えは、
確かに一部のウイルスでそうした現象は存在するけれども、
インフルエンザウイルスでは考え難く、
単純に統計のデータだけを元に、
季節性インフルエンザワクチンを中止するのは、
あまり科学的で冷静な判断ではないというものです。

コメントを寄せた先生は、
かなりのトンデモ博士のようです。

ただ、何となく引っ掛かる報告ではあります。
ひょっとしたらこうした現象の裏に、
新型インフルエンザの謎の幾つかを解き明かす鍵が、
隠れているような気がします。

そこで今日は、ワクチンを打つと却ってその病気に罹り易くなったり、
あるウイルスに対する免疫が、
却ってその病気を重症化させたりするという、
極めて不思議で興味深い現象について、
少し詳しくご説明したいと思います。

まず、上に触れられている、
「デング熱」という病気があります。
これはデングウイルスというウイルスによる感染症で、
世界の熱帯、亜熱帯で流行しています。
この病気には4つの型があり、
それぞれ別の抗体が存在します。
たとえば1型に感染すると、1型に対する抗体が身体に出来、
そうすると一生1型には罹りません。
ところが、1型の免疫のある人が、
2型に感染すると、高率に「デング出血熱」という重症型になるのです。
粘膜や消化管から出血し、短期間で高率に死に至ります。

これはつまり、1型の抗体が出来ることにより、
他の3つの型に感染した時に、
重症化し易くなるということを示しています。
(特に2型の重症化が多いと言われています)

このデング熱のワクチンは、
未だに実用化されていませんが、
それもこの現象に関わりがあります。

ワクチンを作って、抗体を誘導しようとすると、
却ってウイルスが増殖し易くなる、
という逆の結果が現われるのです。

このメカニズムは単純ではないのですが、
「抗体依存性感染増強現象」と呼ばれるメカニズムが、
そこに関わっていると言われています。

抗体というのは、通常ウイルスの抗原にくっついて、
そのウイルスが感染出来ないような状況を作ったり、
その抗体を目印にして、
リンパ球や単核球といった白血球に、
ウイルスを退治させたりする役割を担います。

ところが…

ある種のウイルスでは、
抗体がくっつくと、却って人間の細胞に入り込み易くなり、
重症になり易くなる、というメカニズムが存在します。

こうした現象の起こるポイントは、
ある種のウイルスは、リンパ球のような細胞にくっついて、
その中に入り込んで増殖する性質がある、
という事実にあります。
身体の防衛軍である筈のリンパ球を、
却って食い物にしてしまうのです。

こうした振る舞いをするウイルスの代表は、
皆さんご存知のHIV(エイズ)です。
HIVは免疫で重要な役割をするCD4という標識を持つリンパ球にくっついて、
その中で増殖し、そのリンパ球を逆に殺してしまいます。

ただ、このようにリンパ球を含む白血球に感染するウイルスは、
決してHIVだけではなく、
デング熱を始めとする、出血熱のウイルスもそうですし
(日本脳炎のウイルスもその仲間です)、
ヘルペスのウイルスの一部にもそうした性質はあります。

この時、重要な役割をするのが、
本来は皆さんの身体を守るためにある抗体です。
抗体という蛋白質には、
Fcと呼ばれる部分があり、
リンパ球や単核球といった白血球の仲間には、
そのFc部分をくっつける、
Fc受容体があります。

抗体のくっついたウイルスは、
当然のことですが、白血球を呼び寄せます。
その時くっつくのはFc受容体です。
その白血球によって、
ウイルスが退治されればそれで良いのですが、
実際にはそう出来ないケースがあるのです。

たとえば、上の例のデング熱のウイルスでは、
1型の抗体は1型のウイルスにとっては中和抗体であり、
白血球が退治出来るのですが、
2型のウイルスを退治することは出来ないのです。
にもかかわらず、1型に感染すると、
他の型に対する、不充分な抗体を産生してしまいます。
不充分でも抗体があれば白血球はくっつきます。
すると、くっついた白血球の中で、
ウイルスが増殖し、
2型の感染が重症化してしまうのです。

抗体とは言ってみれば「糊」のようなものです。
その抗体がウイルスを退治出来る「中和抗体」でない場合、
抗体は「糊」の作用だけを持ち、
わざわざ細胞をウイルスにくっつけて、
感染のお手伝いをしてしまう結果になるのです。

ここでもう1つのポイントは、
あるウイルスに感染する時、
出来る抗体は決して1種類ではないということです。
これもデング熱の場合、
たとえば1型の感染の直後には、
1型に対する中和抗体以外に、
2型に対する防御のための抗体も産生されるのです。
しかし、その作用は何故か短期間で消滅し、
不完全な抗体だけが後に残されます。
そこに後から2型のウイルスが侵入すると、
2型に対する不完全な抗体がじゃんじゃん作られ、
それがウイルスとくっつくことで、
ウイルスの感染を後押ししてしまうのです。
(一部の日本の文献で、1型に対する中和抗体が、
2型のウイルスにくっつく、という説明がありましたが、
理屈から言って、その説は誤りのような気がします。
元の英文の文献に当たっていないので、
確認したいと思います)

これが「抗体依存性感染増強現象」です。

何となく、お分かり頂けたでしょうか。

問題はインフルエンザウイルスにおいて、
こうした現象が起こり得るのか、
ということです。

インフルエンザのHAという抗原に対する抗体は、
多くの研究からほぼ「中和抗体」であることが確認されています。

従って、交差免疫で他のタイプのHAに対する抗体が、
上昇したとしても、
それは別に「抗体依存性感染増強現象」を起こすような抗体では、
ないと考えられるのです。
繰り返しになりますが、
「抗体依存性感染増強現象」を起こすのは、
中和抗体ではない不完全な抗体だけです。

また、インフルエンザウイルスは、
リンパ球や単核球の中で増殖したり、
殺菌されなかったりすることも、
現時点ではないと考えられています。

従って、現時点で
デング熱と同じことがインフルエンザで起こることは、
まず考えられません。
リンパ球や単核球にくっついても、
そこで退治されてしまえば、
何の問題もないからです。

よろしいでしょうか。

ただ、この現象自体は非常に興味深く示唆的ですね。
そして、ワクチンという手法の限界を、
現時点では示しているように僕には思えます。

明日はちょっとその辺りの話を、
もう少し深く考えたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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Marry333

高齢男性に目立つ鳥インフル 過去の感染経験が関係か 130426共同
 【ワシントン共同】中国などで鳥インフルエンザウイルス(H7N9型)の感染者が高齢男性に偏っているのは、以前にニワトリなどを扱う家禽市場で働き、別の種類のH7型ウイルスに感染した経験が関係している可能性があるとの報告を、カナダの研究チームが25日、専門誌に発表した。過去に感染したのとわずかに異なるウイルスに出合うと、体の免疫機能がうまく対処できなくなる「抗体依存性感染増強」という現象が起きた可能性を指摘。ブリティッシュコロンビア大などのチームによると、23日までの感染者109人の約3分の2は50歳以上、男女別では男性が約3分の2で、死者は高齢男性に多い。
by Marry333 (2013-04-27 15:03) 

ide

この抗体依存性感染増強現象は細菌感染でもおきるのでしょうか?
クラジミアとかも三種類位あるようですし、溶連菌なんかはファージの分類で多彩ですし。
>他の型に対する、不充分な抗体を産生してしまいます。
これがIgGやIgEの過剰数値となってでてくるのでしょうか?
以前、好中球ってB細胞なんですか?T細胞なんですか、と質問したら
あれはまた別と軽くいなされてしまいました。白血球の左方移動とかもまだ仮説らしいですね、ほんとに解からん事ばかりで、、
by ide (2013-04-28 23:13) 

fujiki

ideさんへ
交差免疫というか、
抗体が必ずしも1つの型のみを認識しない、
という現象自体は広範なものだと思いますが、
実際にそれが病的な意味を持つのは、
ごく限定された事例しか、
報告はされていないと思います。
by fujiki (2013-04-29 18:35) 

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