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新型インフルエンザの抗体価についての一考察 [新型インフルエンザA]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

昨日は新型インフルエンザの抗体についての、
総説をお届けしました。

今日はそれを元に、幾つかの報告や報道について、
その読み方を考えてみたいと思います。

今年の7月に日本の研究者は、
日本人における新型インフルエンザAの免疫は、
現在90歳以上の高齢者にしか、
存在しないと発表し、
その内容が報道されました。
最近ではまだ正式のものではないようですが、
1930年代生まれ以降には、
抗体は殆ど存在しなかった、
というデータも報道されています。

記事をご覧になった方もいるかと思います。

その一方で、海外では60歳以上の年齢層では、
一定の比率で免疫が存在する、
との複数の報告があります。

最近では9月10日付のthe New England Journal of Medicine 誌上に、
アメリカでの新型インフルエンザの免疫に関する、
まとまった報告が発表されました。
その内容は、矢張り40歳以上の年齢層においては、
一定の比率で免疫が存在する、という結果でした。

何故、このような明らかな違いが、
日本と海外とで存在するのでしょうか?

今日はその点について、
文献の分析と共に、
僕の考えをお話したいと思います。

それではまず、
the New England Journal of Medicine の論文について、
そのアウトラインをご紹介します。

以前の季節性インフルエンザワクチンの、
効果を見る目的で採取された、
過去の血液の新型インフルエンザに対する中和抗体を測ったところ、
ワクチンの年度によってその比率はまちまちですが、
一定の割合で、感染を阻止するのが可能と考えられるような、
新型インフルエンザに対する抗体が検出されています。

新型インフルエンザAは、
今年発生した新型ウイルスの筈ですから、
その抗体は昨年以前の血液には、
本来は存在しない筈です。

何故こんなことが起こるのでしょうか?

文献ではこれを、
Cross-Reactive Antibody Response (交差抗体反応)
と呼んでいます。

「交差抗体」とは何でしょうか?

免疫というのは、ある特定の外敵である抗原に対して、
それぞれ固有の抗体が作られることがその大きな仕組みです。

たとえば麻疹のウイルスに感染すれば、
身体の中には麻疹のウイルスに対する抗体が作られます。
その抗体は、通常麻疹のウイルスが、
再び侵入して来た時に反応して、
その感染の成立を食い止めます。
この抗体が身体に存在するために、
一度麻疹に罹った人は、通常二度は罹らないのです。

このように、抗原と抗体とは、
1対1で対応しているのが通常ですが、
必ずしもそうではないケースのあることが分かっています。
ある抗原が本来とは別の抗体の、
産生を促す場合もあるのです。
特に抗原の性質が似通っていると、
そうしたことが起こり易いのです。
このように、似通った抗原の刺激によって、
本来とは別の抗体が作られる時、
その抗体のことを「交差抗体」と呼びます。

新型インフルエンザAは、現在までのところ、
40歳代以降では、感染者の少ないことが知られています。
診療所の事例では今までで最高齢の感染者は、
40歳です。
この傾向は若干の違いはあるものの、
世界的な傾向でもあります。

この事実の説明として、
現在の新型インフルエンザウイルスに近い、
過去のウイルス抗原に対して、
「交差抗体反応」が起こっていて、
これまで存在したことのないウイルスであるにも関わらず、
ある程度の免疫を、保有している人が、
大人では多いのではないだろうか、
という考え方が成り立つのです。

現在の新型インフルエンザAのウイルスに、
最もその性質が近いのでは、
と考えられているのが、1918年にパンデミックを起こした、
所謂「スペインかぜ」のウイルスです。
実際日本のデータでは、
1918年以前に生まれた方に限って、
中和抗体が高力価で陽性になっています。
一方、上に挙げた海外文献では、
1920年代生まれの方をピークにして、
1970年代生まれの方まで、
抗体の陽性者が分布しています。

これは勿論「交差抗体反応」です。
現在の新型インフルエンザウイルスは、
基本的にはスペインかぜウイルスとは別物だからです。

これはあるウイルスに感染すると、
それに似通ったウイルスの抗体も同時に作る能力を持つことにより、
外敵から効率良く身を守るための、
免疫の巧みな仕組みなのかも知れません。

上のデータを冷静に見ると、
海外のデータのパターンの方が、
理に適っていると僕は思います。
1918年のスペインかぜのウイルスは、
1950年代までは季節性インフルエンザとして、
残存していたと考えられるからです。
1918年以前にしか「交差抗体」が存在しないという日本のデータは、
どう考えても、何かが間違っている、という気がします。

上の海外文献には日本の文献も引用されていて、
その結果の違いに言及し、
計測法による差があり得るのではないか、
と書かれています。

昨日お話したように、
日本のデータは中和試験での抗体価を測定していて、
この方法には結構施設間の差があると、
報告されているからです。

もう1つ海外文献で興味深いことは、
今までにも何度も取り上げた、
1976年の豚インフルエンザワクチン接種と、
今回の新型インフルエンザとの関係です。

文献では1976年に豚インフルエンザワクチンを打った、
83名の血液を分析したところ、
何とそのうちの78パーセントで、
新型インフルエンザに対する中和抗体が、
80倍以上に上昇していたのです。
しかもワクチンの前後で有意に上昇が認められており、
1976年の豚インフルエンザワクチンで、
今回の新型インフルエンザの交差抗体が、
誘導されたことが示されています。

1976年の豚インフルエンザは今回と同じH1N1というタイプです。
そのワクチンも、アジュバントなしのスプリットワクチンです。
(以前このワクチンは全粒子型のワクチン、との報道がありましたが、
上記の論文の引用文献などを見ると、
どうもそうではないようです)
そのワクチンが、今回の新型インフルエンザの抗体を、
高率に誘導していたのです。

面白いですね。

今回の新型インフルエンザウイルスは、
「全くの新型で、従来のAソ連型とは別物だ」
と力説される先生もいますが、
少なくとも、1918年のH1N1ウイルスと、
1976年の豚インフルエンザウイルスとは、
交差免疫反応を明らかに示しているのです。

ただ、そうした点を考えに入れても、
現状の40代以上の感染者が極めて少ない事実を、
説明することは困難です。

これも僕の推測ですが、
昨日お話したように、
HA抗原に対する抗体は、
インフルエンザに対する免疫の一部でしかなく、
それ以外の、たとえば細胞性免疫の関与が、
鍵なのではないか、という気がします。

7月に発表された文献など、
確かに素晴らしい内容であるのは分かりますが、
現場の臨床に携わる人間からすると、
却って混乱するような情報が多く、
日本の一線の研究者の先生は、
その全員とは言いませんが、
臨床の目では決して病気を見てはくれないのだな、
という思いを強くします。

感染症は目の前の危機なのであり、
実地の臨床の判断に直結するような、
そうした研究成果を是非望みたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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あむりた

初めまして
北海道で薬剤師をしております。
かなり以前、代々木で医薬品卸の管理薬剤師をしていたことがあり、
得意先の中に六号通り診療所という名前があったと記憶しています。

この1ヶ月での患者さんで、インフルエンザの患者さんは
ほとんどが10代で20代が数名という状況で、
親御さんの発症はまだ一例もみていません。
高齢者の多い地域ですが、高齢者での発症もありません。
何らかの交差免疫があるのかなとは、思って居ましたが、
海外のデータの事は不勉強で知りませんでした。

今後も度々寄らせて頂きます。
ありがとうございました
by あむりた (2009-10-08 20:48) 

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