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新型インフルエンザの抗体の話 [新型インフルエンザA]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻る予定です。

それでは今日の話題です。

新型インフルエンザの抗体が、
ワクチンを打つと上がったとか、
ご高齢の方は、新型インフルエンザの抗体が陽性だとか、
といった報道が最近よくありますね。

しかし、その場合の新型インフルエンザの抗体というのは、
一体何を指していて、
それにはどのような意味があり、
またどのような問題があるのでしょうか?

今日はそのことを、
ちょっと考えてみたいと思います。

人間の身体には、外界からやって来る、
身体に害を与える「敵」に対して、
それを防御し、戦う仕組みがあります。

それが、皆さんよくご存知の「免疫」という名の防衛軍です。

インフルエンザウイルスも、身体にとっては、
そうした敵の1つです。

模式的に言うと、
粒子の形態を取るインフルエンザウイルスからは、
HAと呼ばれる突起が突き出ています。
これは蛋白質で、この部分が人間の粘膜の細胞に、
ガッチリとくっつき、そこを足場にして、
細胞の中に侵入することにより、
ウイルスの感染が始まります。

このHAはウイルスの抗原の1つです。
要するに、免疫防衛軍が、敵を認識する目印を、
「抗原」と呼んでいるのです。

さて、人間の身体はリンパ球という工場の中で、
この「抗原」にピッタリとくっつく形をした、
「抗体」という蛋白質を作ります。

このウイルスの抗原に、抗体がくっつきます。

すると、抗体にくっつかれたウイルスは、
その突起の働きを妨害されるため、
細胞の中に入ることが出来なくなります。

要するに感染出来なくなるのです。

更にはその抗体を目印にして、
ウイルスを飲み込んで殺してしまうリンパ球が現われ、
そのウイルスを退治してしまうのです。

これが、身体に抗体があると、
インフルエンザの感染が予防される仕組みです。

ただ、免疫の仕組みは複雑で、
単純にこれだけではありません。

抗体が目印になって、ウイルスをやっつける仕組みを、
「液性免疫」と言いますが、
免疫にはもう1つ「細胞性免疫」という種類があり、
これは抗体と無関係ではありませんが、
リンパ球という細胞が、
独自の仕組みでウイルスを感知し、
それに対して攻撃を加える仕組みです。
また、インフルエンザウイルスには、
NA(ノイラミニダーゼ)というもう1つの突起があり、
それに対する抗体も作られています。
この抗体も免疫防衛軍で一定の働きをしているのですが、
その詳細はまだ分かっていません。

従って、インフルエンザウイルスのHAに対する抗体は、
免疫において、一番重要な働きをしていることは確かなのですが、
それが免疫の全てではないのです。
場合によっては、HA抗体は充分に存在するのに、
感染が防げないケースもあり、
またHA抗体は殆どないのに、
感染が防御されるケースもある訳です。

これはたとえば、こういうことです。

免疫の防衛軍には、陸軍と海軍と空軍とがあります。

今回の戦いは水際作戦なので、
一番働くのは空軍です。
しかし、飛行機は飛び立つ場所が必要なので、
当然海軍が必要ですし、
海軍の方が主に戦闘を繰り広げる場合もあります。
また、不幸にして敵が上陸してしまえば、
今度は空軍と陸軍とが共同して敵と戦わねば、
ならなくなります。

この場合の飛行機がHA抗体とすれば、
それが全くなければ話になりませんが、
飛行機の数だけを数えて、
これなら安心、と言う訳にもいかないでしょう。
仮に飛行機だけは充分あるのに戦艦がまるでなければ、
攻撃は一時的でその力を失なってしまいます。
また、陸軍が存在しない状態であれば、
水際が良くても、攻め込まれたら、
それでもうお手上げになってしまいます。

要するに陸海空全ての戦力がバランスよく揃わなければ、
敵を撃退することは出来ないのです。

ところが…

簡単に検査が出来るのは、
HAに対する抗体だけなのです。
細胞性免疫にはまだ未知の部分が多く、
この検査をすれば、
インフルエンザに対する細胞性免疫の強さが分かる、
というような検査は存在しません。
もう1つのノイラミニダーゼに対する抗体の検査も、
その意味合いははっきりせず、
一般的な検査ではありません。

従って、通常インフルエンザの免疫がある、
とか、インフルエンザの抗体がある、
とかと言う時の、抗体と言うのは、
HAに対する抗体のみを指しているのです。

ただ、これはあくまで免疫の一部分だけを見ているのですから、
その数値だけでインフルエンザに対する免疫がある、
という言い方は、本来はあまり適切なものではありません。

しかし、それでは何故一般にHAに対する抗体の数値でのみ、
インフルエンザに対する免疫が語られているかと言えば、
それにはそれなりの理由があります。

通常インフルエンザは慢性化するような病気ではありません。
また、特定の細胞だけに感染し、
リンパ球に感染するようなこともありません。
こうした場合、免疫部隊としては、
主に水際で敵を退治することが可能で、
その場合の主力は空軍力です。

また、実際にそのHIと呼ばれる抗体の数値が、
40以上あると、少なくとも50パーセント以上、
インフルエンザの感染を阻止出来ることが、
多くの研究から明らかになっています。

従って、そうした今までの研究の積み重ねから、
インフルエンザの免疫は、
HAに対する抗体がその主力である、
と考えてもそう間違いではないのです。

よろしいでしょうか。

このHA抗体の測定法には、通常2つの方法があります。

その第一は赤血球凝集阻止試験
(hemagglutination inhibition test )
という方法です。
これを略してHI と呼びます。
よくHI 抗体という言い方が登場しますが、
それはこの方法でHAに対する抗体の量を、
測定した、という意味合いです。
この方法は、動物(通常はニワトリ)の赤血球にくっついたHA抗原が、
赤血球を互いにくっつける、という反応を利用した測定法です。

これを40倍とか80倍とかという数値で表現します。
これは倍倍に濃度を薄めていって、
赤血球がくっつくのを阻止した最大の倍率を示します。
40倍というのは、40倍に薄めてもぎりぎりOKだった、
という意味なので、この倍率が大きいほど、
抗体の数は多いということになるのです。

この方法の特徴は、ウイルスそのものを使うのではなく、
そのHA抗原だけを使用して測定している、
ということです。
抗原がくっつく人間の細胞の代わりに、
ニワトリの赤血球を使っているのです。
毒性のあるものは使わないので安全である代わり、
かなり人工的な方法で、
免疫のごく一部しか反映されていない、
という欠点もあります。

もう1つ中和試験という方法があり、
その結果得られた抗体の強さを、
中和抗体という言い方で呼んでいます。
これは血液とウイルスとを直接反応させて、
攻撃ウイルスの活性を50パーセント以上阻止した濃度を、
矢張り40倍のように表現します。
従って、この方法の方が、
より直接的に抗体の効果を見ている、
という言い方が可能です。

しかし、この中和試験は直接ウイルスを使用するため、
危険性があり、無菌室のような設備がないと、
検査することは出来ません。
また、施行する施設によって、
方法が異なり、その結果もまちまちであるという欠点があります。
相手がウイルスという生ものなので、
その条件によって結果が違ってしまうのです。

日本の文献で中和抗体の測定と書かれているのは、
概ね中和試験の抗体のことと思われます。

海外の文献では、新型インフルエンザに関しては、
HI抗体とマイクロ中和法による中和抗体の、
両者を測定し、その両者に質的な違いのないことを確認する、
というプロセスが取られています。

これまでのところを整理するとこうなります。

新型インフルエンザの抗体と言われているのは、
主にウイルスのHAという抗原に対する抗体の量のことです。
季節性インフルエンザと同じ免疫の仕組みが、
新型インフルエンザにもあると仮定すると、
この抗体のHI抗体価が、40倍以上あると、
人間に感染する確率を半分以下に減らせると考えられます。

従って、現在の新型インフルエンザワクチンの効果は、
主に打った後にHI抗体が40倍以上に上がるかどうかで、
判断されています。
また、抗体を測って40倍以上の人は、
新型インフルエンザの免疫がある、
という言い方もされます。

しかし、これはあくまで新型インフルエンザの性質が、
季節性インフルエンザと同じであるという仮説に基づくもので、
実際にそうであるかどうかは、
今後の経過を見ないと確実ではないのです。

また、HAに対する抗体というのは、
あくまで人間の免疫の一部であり、
それ以外の抗体の関与や、
細胞性免疫の関与については、
まだ未知の部分が多い点にも注意が必要です。

明日はこうした知識を元に、
現在の新型インフルエンザの抗体についての、
多くの報道の混乱を整理しておきたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 3

acco

いつも枝葉の事でスミマセン・・・(・ω・;)A

先日観た『サイエンスZERO』(NHK教育)では
新型インフルエンザの形は「球形」ではなく
「細長」だった様な気がします ☆彡

ゲストの方がさりげな~く得意気に
解説されていたのが印象的でした

http://www.nhk.or.jp/zero/contents/dsp275.html

10月2日(金) 19:00~19:35 の枠で再放送されるので、
安めぐみさんにご興味があれば是非 ♪

by acco (2009-09-30 21:16) 

fujiki

acco さんへ
コメントありがとうございます。
記事にちょっと手を入れました。
実際の形状というより、
インフルエンザウイルス全般の、
模式的な形状としてご容赦頂ければ幸いです。
by fujiki (2009-09-30 22:01) 

acco

勿論「模式的な形状」のニュアンスは
十分に伝わる記事でしたので、
重箱の隅を突く様なコメントで
却ってスミマセン・・・ m(*・ω・*)m

軽く流して下さって結構ですよ ☆

因みにこんな形だそうです (・∀・)ノ ↓↓↓
http://www.asahi.com/science/update/0615/TKY200906150017.html

おやすみなさぁい ☆彡

by acco (2009-09-30 22:26) 

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