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インスリン抵抗性症候群とピロリ菌の話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

先週、治療の難しい糖尿病の一種が、
ピロリ菌を除菌することによって、
劇的に改善した、という内容の報道がありました。

これは、日本の研究者が英国の有名な医学誌「ランセット」に、
今月掲載された論文の内容を紹介したものです。

まあ、論文というか、ケースレポートですね。
内容は実際にはたった1ページで、
30秒あれば読めてしまう程度のものです。
(勿論悪口のつもりではありません。念のため…)

その内容をここでざっとご説明します。

患者さんは84歳の男性です。
まず低血糖の症状が現われ、
その一ヵ月後に血が固まる時に働く血小板の低下と、
糖尿病の指標であるHbA1cの上昇が認められました。

要するに何も薬を飲んでいない人が、
低血糖を起こすような状態だったのに、
その一ヵ月後には糖尿病の状態になっていたのです。

それからその患者さんは糖尿病として、
治療を受けましたが、
血糖値は薬を飲んでも低下せず、
それでいて、頻繁に低血糖を起こします。

ここで担当医は「インスリン抵抗性症候群」を疑いました。

「インスリン抵抗性症候群」とは何でしょうか?

僕の習った頃には、この病気は、
「インスリン受容体異常症」と呼ばれていました。
僕自身はその病名の方が適切ではないかと思っているので、
以下この「昔の名前」で説明します。
「インスリン抵抗性症候群」と言うと、
メタボリックシンドロームと混同してしまいますよね。
しかし、この病気はメタボとは全くの別物なのです。

インスリンとは、ブドウ糖を細胞で利用するのに必要なホルモンです。
インスリンがあると、ブドウ糖は細胞の中に入って、
分解され、エネルギー源になりますが、
インスリンがないとブドウ糖は細胞の中に入ることが出来ず、
血液の中をうろうろして、
結局はおしっこに排泄されるだけになってしまいます。
要するにこの状態が糖尿病です。
糖尿病とはインスリンが足りなかったり、その働きに問題があって、
ブドウ糖をうまくエネルギーとして使えない状態のことです。

さて、インスリンはホルモンですから、
細胞の受容体という鍵穴にくっついて、
その作用を現わします。
「インスリン受容体異常症」というのは、インスリンそのものではなく、
その鍵穴の異常のことです。

「インスリン受容体異常症」には、A型とB型があります。

A型というのは、インスリンの受容体の遺伝子の異常です。
要するに鍵穴が生まれつきうまく作れない病気です。
このため、インスリンはうまく鍵穴に嵌まることが出来ず、
その作用を現わせません。
従って、インスリンはじゃんじゃん出ているのに、
血糖は上昇して糖尿病の状態になり、
外からインスリンを打って、インスリン治療をしても、
尚血糖は下がらないのです。

それに対してB型というのは、
インスリン受容体抗体という蛋白質の出来る病気です。
これは言ってみればインスリンの偽者です。
インスリンの代わりにインスリン受容体の鍵穴に、
すっぽり入り込むのですが、
入ってもインスリンのように、
ブドウ糖を細胞に取り込んではくれないのです。
本物のインスリンがそこにやって来ても、
鍵穴は既に偽者で埋まっているので、
くっつくことが出来ません。
従って、この病気でも、外からインスリンを打っても、
インスリン治療をしても、
尚血糖は下がらないのです。

このB型は生まれつきの病気ではありません。
原因は不明なのですが、
あるきっかけで「インスリン受容体抗体」
という偽者インスリンが出来、
それが増えることで血糖は上昇します。
ただ、不思議なことにこの偽者は、
不意にあまり作られなくなることがあり、
そうした場合には、沢山血液の中に流れている、
本物のインスリンが、
どばっと一斉に受容体にくっつくので、
急激に血糖が低下して、
普段は高血糖であったのに、
急に低血糖になるのです。

事例に戻りますと、
この84歳の患者さんは、
空腹時のインスリンの数値が、
通常の10倍以上の137.9μU/ml に上昇していました。
にもかかわらず高血糖なのですから、
インスリンの効きが非常に悪い状態です。
これを「高度のインスリン抵抗性がある」と表現します。
そして、特殊な検査で血液の中の抗体を測定すると、
インスリンの偽者である、
「インスリン受容体抗体」が測定されたのです。

これにより、この患者さんは、
インスリン受容体異常症B型、と診断されました。

さて、ここからが本題です。

この患者さんにはピロリ菌の感染が存在しました。
胃の中にピロリ菌が存在していたのです。
まあ、この年代の方では80パーセント近くが感染している、
というデータもあるのですから、
これは別に珍しい話ではありません。

しかし、この患者さんにピロリ菌の除菌治療をしたところ、
その後半年で「インスリン受容体抗体」は消失し、
空腹時のインスリンは10.1μU/ml に低下し、
血糖は正常に戻りました。
そして、その後1年以上が過ぎた現在でも、
血糖は正常の状態が続いているのです。

ちょっと面白いですよね。

でも、何故ピロリ菌を除菌すると、
この病気が完治したのでしょうか?

正確な原因は不明です。
しかし、仮説はあります。

インスリン受容体異常症B型は、一種の自己免疫疾患です。
膠原病や慢性関節リウマチ、
橋本病やサルコイドーシスなどの仲間です。

免疫とは細菌やウイルスといった身体にとっての外敵から、
身を守るための体内の巧妙な仕組みです。

言ってみればあなたの身体を守る、自前の軍隊です。
この軍隊は基本的にはあなたに忠実で、
敵に対してはわが身を省みず勇ましく戦う戦士の集団です。
ところが、この頼もしい免疫部隊が、
時にあなたの身体に牙を剥き、
攻撃を仕掛けてくることがあります。
言ってみれば免疫部隊のクーデターです。
「関節」という名の街を焼き、
住民を皆殺しにしようとします。
何故こんなことが起こるのでしょうか?
CIAの陰謀があったのかしら。
それはどうだか分からないにしても、
何らかの敵との戦いの中で、
洗脳を受けるような事態が起こったのではないか、
と推測されます。

免疫というのは、外敵と戦う部隊のことです。
その働きが急に異常になったとすれば、
それは外敵との戦い、
すなわち「感染」が原因であった可能性が高いのでは、
と考えられるのです。

以前ご紹介したように、
サルコイドーシスという病気の原因は、
アクネ菌の感染が原因ではないか、
という説があります。
ギラン・バレー症候群は自己免疫疾患の一種ですが、
カンピロバクターなどの、
細菌感染をきっかけに起こることが知られています。
ピロリ菌についても、
その感染が誘因になって、
慢性関節リウマチや抗リン脂質抗体症候群、
血小板減少性紫斑病などの病気が、
起こっているのでは、という説があり、
ピロリ菌の除菌治療で改善したケースが報告されています。

こうした事例の蓄積から考えれば、
今回特殊な糖尿病がピロリ菌の除菌で改善したとしても、
決して不思議なことではないのは、
お分かり頂けるかと思います。

おそらく今日「病気」と言われているものの、
かなりの部分が、実は感染症であり、
その感染源に対する特殊な免疫反応が原因している、
というのは事実ではないかと思います。
動脈硬化も癌も感染症の一種ではないか、
という意見もあるくらいです。

ただ、それが分かることと、
感染症のコントロールが可能となることとは、
次元の違うことではないかとも思います。

いずれにしても、ピロリ菌の感染が、
予想以上に様々な病気の原因や誘因になっていることは、
確かなようです。
特に自己免疫の関与の疑われる、
原因のはっきりしない病気に対しては、
ピロリ菌の感染のコントロールが、
治療の突破口になる可能性があるのではないか、
という気がします。

皆さんはどうお考えになりますか?

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 3

ひらりん

すごく昔のものにコメントしてすみません。

ピロリ菌の治療は、今は行われているのでしょうか?
また、どこならやってもらえるのでしょうか?

私の家族でインスリン受容体異常症B型の人が居ます。
今はインスリンだけ。どんどんと増えるばかりです。
改善方法がないのか悩んでいます。
病院側も、ピロリ菌の治療が出来ないなら出来ないなりの理由が欲しいのですが・・・ ただ無理だと言うだけです。
by ひらりん (2011-07-26 14:50) 

fujiki

ひらりんさんへ
コメントありがとうございます。
ピロリ菌の感染が確認されていれば、
除菌はされた方が良いのではないかと思います。
保険診療では無理、という意味合いかも知れませんが、
現在では適応も広がっていますし、
自費であれば問題はないと思うのですが…
by fujiki (2011-07-27 06:15) 

ひらりん

ありがとうございます。

保険では出来ない・・・ それなら、そう言ってくれるのが病院側じゃないのですかね?!

ピロリ菌の感染に関しても、調べているんだか、結果も教えてくれないので、ピロリ菌の除去がいい方法なのかも不明な状態です。

どう聞けばいいんですかね・・・
IGF-1製剤(ウル覚え)が出来るかもしれないけど、不規則な環境では出来ないと言われました。

実費で治療をしてくれる病院は、どこにありますか?
その病院では研究室を持ち、研究しているくせに(言葉が悪くてすみません)話も出ません。

また、別の病院でも聞きましたが、やはり聞いたことはあるが実際にこの病気の患者に会ったことがないと言われました。
どこに行っても、対応してくれない現状な気がします。

直接東北大学、片桐教授にメールも書きました。やはり返事はないですが・・・

すみません、ただの愚痴になってますね。すみません。

by ひらりん (2011-07-27 12:07) 

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