肺炎球菌ワクチンの話 [医療のトピック]
こんにちは。
六号通り診療所の石原です。
今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は老人ホームの診療と、
産業医の面談に廻ります。
それでは今日の話題です。
昨日は肺炎球菌という細菌の性質についての総論でした。
今日はその予防のためのワクチンの話です。
肺炎球菌の感染をワクチンを打つことで予防出来れば、
少なくとも現在の日本のように、
繰り返す中耳炎に垂れ流しのように抗生物質を使う必要はなくなります。
お子さんの肺炎や髄膜炎の予防にもなるでしょう。
ただ、その実現には幾つかのハードルがありました。
皆さんはワクチンというと、
どういうものを思い浮かべるでしょうか?
麻疹のワクチンとか、インフルエンザのワクチン、水ぼうそうのワクチン、
といったところがすぐに浮かびそうです。
これらはいずれもウイルスのワクチンです。
肺炎球菌のような、細菌のワクチンではありません。
何故、細菌のワクチンはあまり存在しないのでしょうか?
細菌はウイルスより大きく、複雑な構造をしています。
そして人間の細胞と同じように、
細胞膜で守られています。
たとえばインフルエンザのワクチンでは、
通常人間の細胞にくっつく突起の部分があり、
それは蛋白質で、
その部分だけを注射すれば、
それに対する抗体を身体が作ってくれますが、
肺炎球菌ではそうした場所は存在しません。
従ってきょう膜と呼ばれる膜の成分で、
ワクチンを作る以外にないのですが、
これは蛋白質ではなく、
技術的に困難があるのです。
また、麻疹の抗原は1種類なので、
免疫が出来てしまえば、
基本的に一生麻疹には罹りませんが、
肺炎球菌の抗原には、
分かっているだけで90種類以上があります。
1種類だけのワクチンを作っても、
他の種類には効果がないのです。
そうした困難を乗り越えて、
1988年に日本でも使用出来るようになったのが、
ニューモバックスという商品名で発売されている、
肺炎球菌ワクチンです。
これは「肺炎球菌多糖体ワクチン」と呼ばれ、
細菌の表面のきょう膜という膜の成分を、
ワクチンの形にしたものです。
きょう膜の成分を抗原として、
身体が抗体を作り、感染を防ぐのです。
90種類以上の抗原のうち、
特に感染を起こし易い、
23種類のきょう膜抗原が、
1つのワクチンの中に含まれています。
大雑把に言って、日本で流行している菌の、
7割に有効だと考えられています。
ただ、鳴り物入りで発売されたこの肺炎球菌ワクチンですが、
実際使用してみると、幾つかの問題点が浮上しました。
免疫には大きく分けて液性免疫と細胞性免疫があります。
この肺炎球菌のワクチンに使われているきょう膜抗原は、
液性免疫にしか働きません。
細菌に対する免疫の主体は、
液性免疫と考えられているので、
効果はこれで充分な筈でした。
しかし、使用してみると、どうもそうではありません。
特に液性免疫の発達が不充分な2歳以下の小児では、
あまり感線防御効果のないことが判明したのです。
そのために、このワクチンは主に高齢者で使用されることになりました。
日本においても、特殊な病気の方を除けば、
高齢者のみに使用は限定されています。
このワクチンの効果は5年以上はもたないとされています。
従って、5年経てば再度接種をしないと意味はないのです。
ただ、まだ血液の中に抗体の残っているうちに、
再度接種をすると、身体が過剰反応して、
打った場所が大きく腫れるなどの危険が予測されています。
このため5年以上は確実に経っていることを確認の上、
再接種する必要があるのです。
ところが、副作用を過度に怖れ、
末端の医者を全く信用していない行政の手によって、
「同じ人に2回打ってはいけない」という通達が出され、
未だにそのままの状態になっています。
いつものことですが、本当にうんざりですね。
さて、そもそも肺炎球菌のワクチンは、
2歳以下の小児の感染症の予防が、
その第一の目的であった筈です。
しかし、鳴り物入りのワクチンは、
その効果を発揮出来ませんでした。
日本ではそのままの状態が続いていますが、
海外では2000年に既に小児に効果のあるワクチンが、
しっかり実用化されています。
それが、蛋白結合型(コンジュゲート)肺炎球菌ワクチンです。
これは肺炎球菌以外の細菌由来の蛋白質を、
きょう膜抗原にくっつけて、
それをワクチンにしたものです。
蛋白質をくっつけることで、
ワクチンの抗原性が強化され、
細胞免疫が誘導、小児でも感線防御効果が確認されたのです。
その効果は接種開始後肺炎が94パーセント減少したという、
かなり画期的なものです。
これはまず7種類の抗原を入れた、
7価のワクチンとして使用が開始され、
11価のワクチンの検討も始まっています。
昨年認可され、今年から本格的に接種の始まった、
インフルエンザb菌のワクチン(所謂Hibワクチン)も、
この蛋白結合型ワクチンです。
アメリカでは1987年に認可され、
1990年から集団接種が開始。
その後5年で同菌による感染は、
何と99パーセント減少しています。
アメリカでの集団接種の開始から、
日本での開始までおよそ20年。
その間多くのお子さんが、
髄膜炎のために亡くなられていることを考えると、
何か暗澹たる気分になります。
勿論ワクチンは万能ではなく、
多くの副反応で重篤な被害を出した歴史もあります。
しかし、それはそれとして、
議論を重ね、結局認可するのであれば、
これほど無益な時間を費やす必要はなかった筈です。
肺炎球菌の蛋白結合ワクチンの日本での認可も、
間近のようですが、
まだ実現してはいません。
ただ、接種が実現すれば、
日本の感染症事情も、
かなりダイナミックに変化する可能性は秘めているのだと思います。
個人的に全てのワクチンに賛成の立場ではありませんが、
肺炎球菌とインフルエンザb菌のワクチンの効果とメリットを、
現時点で否定する情報はないと思います。
皆さんはどうお考えになりますか?
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
六号通り診療所の石原です。
今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は老人ホームの診療と、
産業医の面談に廻ります。
それでは今日の話題です。
昨日は肺炎球菌という細菌の性質についての総論でした。
今日はその予防のためのワクチンの話です。
肺炎球菌の感染をワクチンを打つことで予防出来れば、
少なくとも現在の日本のように、
繰り返す中耳炎に垂れ流しのように抗生物質を使う必要はなくなります。
お子さんの肺炎や髄膜炎の予防にもなるでしょう。
ただ、その実現には幾つかのハードルがありました。
皆さんはワクチンというと、
どういうものを思い浮かべるでしょうか?
麻疹のワクチンとか、インフルエンザのワクチン、水ぼうそうのワクチン、
といったところがすぐに浮かびそうです。
これらはいずれもウイルスのワクチンです。
肺炎球菌のような、細菌のワクチンではありません。
何故、細菌のワクチンはあまり存在しないのでしょうか?
細菌はウイルスより大きく、複雑な構造をしています。
そして人間の細胞と同じように、
細胞膜で守られています。
たとえばインフルエンザのワクチンでは、
通常人間の細胞にくっつく突起の部分があり、
それは蛋白質で、
その部分だけを注射すれば、
それに対する抗体を身体が作ってくれますが、
肺炎球菌ではそうした場所は存在しません。
従ってきょう膜と呼ばれる膜の成分で、
ワクチンを作る以外にないのですが、
これは蛋白質ではなく、
技術的に困難があるのです。
また、麻疹の抗原は1種類なので、
免疫が出来てしまえば、
基本的に一生麻疹には罹りませんが、
肺炎球菌の抗原には、
分かっているだけで90種類以上があります。
1種類だけのワクチンを作っても、
他の種類には効果がないのです。
そうした困難を乗り越えて、
1988年に日本でも使用出来るようになったのが、
ニューモバックスという商品名で発売されている、
肺炎球菌ワクチンです。
これは「肺炎球菌多糖体ワクチン」と呼ばれ、
細菌の表面のきょう膜という膜の成分を、
ワクチンの形にしたものです。
きょう膜の成分を抗原として、
身体が抗体を作り、感染を防ぐのです。
90種類以上の抗原のうち、
特に感染を起こし易い、
23種類のきょう膜抗原が、
1つのワクチンの中に含まれています。
大雑把に言って、日本で流行している菌の、
7割に有効だと考えられています。
ただ、鳴り物入りで発売されたこの肺炎球菌ワクチンですが、
実際使用してみると、幾つかの問題点が浮上しました。
免疫には大きく分けて液性免疫と細胞性免疫があります。
この肺炎球菌のワクチンに使われているきょう膜抗原は、
液性免疫にしか働きません。
細菌に対する免疫の主体は、
液性免疫と考えられているので、
効果はこれで充分な筈でした。
しかし、使用してみると、どうもそうではありません。
特に液性免疫の発達が不充分な2歳以下の小児では、
あまり感線防御効果のないことが判明したのです。
そのために、このワクチンは主に高齢者で使用されることになりました。
日本においても、特殊な病気の方を除けば、
高齢者のみに使用は限定されています。
このワクチンの効果は5年以上はもたないとされています。
従って、5年経てば再度接種をしないと意味はないのです。
ただ、まだ血液の中に抗体の残っているうちに、
再度接種をすると、身体が過剰反応して、
打った場所が大きく腫れるなどの危険が予測されています。
このため5年以上は確実に経っていることを確認の上、
再接種する必要があるのです。
ところが、副作用を過度に怖れ、
末端の医者を全く信用していない行政の手によって、
「同じ人に2回打ってはいけない」という通達が出され、
未だにそのままの状態になっています。
いつものことですが、本当にうんざりですね。
さて、そもそも肺炎球菌のワクチンは、
2歳以下の小児の感染症の予防が、
その第一の目的であった筈です。
しかし、鳴り物入りのワクチンは、
その効果を発揮出来ませんでした。
日本ではそのままの状態が続いていますが、
海外では2000年に既に小児に効果のあるワクチンが、
しっかり実用化されています。
それが、蛋白結合型(コンジュゲート)肺炎球菌ワクチンです。
これは肺炎球菌以外の細菌由来の蛋白質を、
きょう膜抗原にくっつけて、
それをワクチンにしたものです。
蛋白質をくっつけることで、
ワクチンの抗原性が強化され、
細胞免疫が誘導、小児でも感線防御効果が確認されたのです。
その効果は接種開始後肺炎が94パーセント減少したという、
かなり画期的なものです。
これはまず7種類の抗原を入れた、
7価のワクチンとして使用が開始され、
11価のワクチンの検討も始まっています。
昨年認可され、今年から本格的に接種の始まった、
インフルエンザb菌のワクチン(所謂Hibワクチン)も、
この蛋白結合型ワクチンです。
アメリカでは1987年に認可され、
1990年から集団接種が開始。
その後5年で同菌による感染は、
何と99パーセント減少しています。
アメリカでの集団接種の開始から、
日本での開始までおよそ20年。
その間多くのお子さんが、
髄膜炎のために亡くなられていることを考えると、
何か暗澹たる気分になります。
勿論ワクチンは万能ではなく、
多くの副反応で重篤な被害を出した歴史もあります。
しかし、それはそれとして、
議論を重ね、結局認可するのであれば、
これほど無益な時間を費やす必要はなかった筈です。
肺炎球菌の蛋白結合ワクチンの日本での認可も、
間近のようですが、
まだ実現してはいません。
ただ、接種が実現すれば、
日本の感染症事情も、
かなりダイナミックに変化する可能性は秘めているのだと思います。
個人的に全てのワクチンに賛成の立場ではありませんが、
肺炎球菌とインフルエンザb菌のワクチンの効果とメリットを、
現時点で否定する情報はないと思います。
皆さんはどうお考えになりますか?
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
2009-07-22 08:11
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コメント(9)
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「日本は乳児死亡率が世界で最も低い国」と聞き、頼もしく思っていましたが、
その一方でワクチン導入に関しては遅れている、まだまだ課題が多い…ということを、子どもを産んでから初めて知りました。
安全なワクチンを供給することは確かに重要ですが、
もっとはやく様々なワクチンが承認されていれば、辛い思いをするお子さんやご家族の方が少しは救われていたのだろうか…と思うとやりきれない気持ちになります。
子どもたちの命や健康のために、Hibワクチンに続いて1日も早く肺炎球菌ワクチンが国内で承認されること望んでいます。
by みちぽんぬ (2009-07-22 13:05)
みちぽんぬさんへ
コメントありがとうございます。
日和見や事勿れではなく、
冷静で迅速な行政の対応が望まれるところだと思いますし、
専門家も発信すべきものはもっと発信すべきだと思います。
by fujiki (2009-07-22 17:44)
補足ですが、
ようやく7価の肺炎球菌コンジュゲートワクチンが、
承認されたようですね。
今年中か来年早々にはおそらく、
お子さんへの接種が開始されることになりそうです。
by fujiki (2009-09-02 09:19)
数日前の話ですが、8月24日に全国老人保健施設協会、万有さん等が「肺炎予防推進プロジェクト」なるものが発足させ、肺炎球菌ワクチンの接種を呼びかけているようです。「肺炎球菌感染症コールセンター」などというものも同日、設置されたようです。
by けろきち (2009-09-02 10:18)
けろきちさんへ
コメントありがとうございます。
実は今肺炎球菌多糖体ワクチン(ニューモバックス)は、
品切れで入荷出来ない状態になっています。
接種の推進は良いことだと思いますが、
流通にももう少し気を配って頂きたいな、
といつも思います。
by fujiki (2009-09-02 21:32)
品切れですか・・・。(情報ありがとうございます。)
いくらくらいで接種できるのか調べてから、
高齢の身内に勧めてみようと思っていたのですが、
気軽に接種はできないかもしれませんね。
今、新型インフルエンザが流行っております。罹患はしょう
がないかもしれませんが、肺炎に至ることがないよ
うに・・・と思いましたが、考えることは皆同じのよう
ですね。
おそらくある所にはあるのでしょうが・・・。
流通の調整は大事ですね。
by けろきち (2009-09-03 08:59)
けろきちさんへ
診療所周辺だけの話なので、
地域によっても違いはあるかと思います。
お問い合わせをして見て下さい。
キャンペーンを張るくらいなので、
量は確保されていると考えられ、
流通の不均衡なのかも知れません。
渋谷区は高齢者への無料接種を行なっていて、
その影響もありそうです。
by fujiki (2009-09-03 09:17)
けろきちさんへ
たまたま今日万有製薬のMRの方がお見えになり、
話を聞いたところ、矢張り全国的に品薄で入手困難、
とのことです。
ただ、輸入が10月中旬に決まっているので、
(このワクチンはアメリカ製なのです)
11月には流通が再開出来るようです。
時期的にはちょっと微妙ですね。
by fujiki (2009-09-03 13:27)
貴重な情報を教えていただき、ありがとうございました。
参考にさせていただきます。
11月流通再開は、本当にちょっと微妙ですね。
by けろきち (2009-09-04 08:52)