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神経新生とBDNFの話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から紹介状を何通か書いて、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

昨日はストレスに弱いということの本質について、
主にCRH の過剰分泌の観点から、
1つの仮説をお話しました。

今日はもう1つのメカニズムとして、
神経再生の話です。

脳の神経回路は再生しない、
というのが以前の一般的な考え方です。
しかし、最近の知見では、
神経細胞自身も部分的には再生し、
その機能も再構築されることが分かっています。

神経幹細胞と呼ばれる、
どんな神経にも生まれ変わることの可能な、
神経細胞の大元のような細胞が、
主に海馬や歯状回と呼ばれる脳の一部を中心に、
存在していることが証明されたのです。
1998年のことです。
海馬も歯状回も、記憶や認知に関わる、
非常に重要な部分です。
この周辺の細胞はストレスなどの影響を受けて、
すぐに死んでしまうのですが、
適切な刺激が与えられれば、
甦りが可能なのです。

この神経細胞の再生は、
やや特殊な環境下でないと実現しませんが、
死なないまでもかなりのダメージを受けた神経細胞や神経線維は、
ある種の物質の助けを借りて、
そのダメージを修復することが出来ます。
この修復の働きを担っているのが、
神経栄養因子と呼ばれる物質です。

最初に発見された神経栄養因子は、
神経成長因子(NGF)と呼ばれています。
そして、それに続いて発見されたのが、BDNF です。
脳由来神経栄養因子(BDNF)は、1980年代に抽出され、
1990年代に合成されました。
BDNFというのは、
英語のbrain-derived neurotropic factor の略称です。
このBDNF は大人の脳に多く発現されていることが分かっていて、
うつ病などの精神疾患に、
大きな影響を与えていると考えられています。

BDNF は血液で測ることも可能ですが、
うつ病の患者さんでは、
この濃度が下がり、
抗うつ剤を使用すると、
比較的速やかに上昇することが報告されています。

また、ストレスでBDNF の産生が低下し、
これにより海馬の萎縮が生じることや、
それが抗うつ剤や電気刺激で改善することも、
主にネズミのデータですが、
報告されています。

このような報告から、
人間がストレスに晒されると、
脳の中でのBDNF の産生が低下し、
それが持続することで、
海馬が萎縮し、
それがうつ病などの病気の発生に繋がるのではないか、
という推測が成り立ちます。

もしこれが正しいとすれば、
BDNF を使用することで、
うつ病などのストレス性疾患が、
改善するのではないか、
と考えられる訳です。

実際ネズミの脳室にBDNF を注入すると、
うつ病のモデルとなる行動異常が改善した、
とのデータが存在します。

ただ、ネズミの行動異常と人間のうつ病が、
本当に同列に論じられる現象なのか、
という点については、
僕ははなはだ疑問に感じています。

ここまでですと、
素晴らしい善玉キャラのBDNF ですが、
実はそれと反対の研究結果もまた報告されています。
ネズミに社会的ストレスを与えると、
その後にストレスを回避するような、
ストレス脆弱性を示したネズミで、
BDNF が上昇していた、
というデータがあるのです。
要するに、むしろストレス脆弱性を、
BDNFが起こしているのではないか、
と言うのです。

複雑ですね。

要するにBDNFはどうやら脳の各部分によって、
その効果は異なっているようなのです。
ストレスによって消耗する部分では、
BDNFは欠乏している訳で、
そこにBDNFを補うことは、
神経の再生を促し、
脳の働きを改善することになるでしょう。
しかし、「考え過ぎ」というのがありますよね。
ストレスの後、ああだこうだと考えて、
神経細胞が再構築され、
BDNFが過剰に産生されると、
却ってその余分な回路が、
うつの原因となってしまうケースもある訳です。

ここに、未だにBDNFが治療薬として登場しない、
創薬の難しさのようなものがありそうです。

CRHも神経栄養因子も、
ストレス脆弱性の、ある面を見ている、
と言うことは出来そうです。
しかし、それが全体ではありません。
様々な知見が得られてはいますが、
全体像の解明にはまだまだ時間は掛かりそうです。

今日は神経再生とBDNFの話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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まみしゃん

大変、興味深い記事でした。

父の高次脳機能障害と視神経が少しずつでも回復してくれれば・・・と
思いました。

この季節は鬱が悪化する方が多いと思いますが、父も感情の起伏が
激しくなってきています。

どんな病気も大変ですが・・・
心身ともに健康な人って、存在するのかなと思ってしまいます。

そうありたい・・・と願う人はたくさんいらっしゃるのでしょうが・・・
by まみしゃん (2009-04-17 20:45) 

fujiki

まみしゃんさんへ
確かに春は情緒的に不安定になることが多いですね。
その理由はあまりクリアには分かっていないと思います。
100パーセント健康は人は存在しないと思います。
でも、そう思い込んでいる人はいますね。
その方が却って問題かも知れません。
脳の機能は予想以上に、
状況によっては改善するもののようです。
ただ、それなりの痛みを伴うものでもあるのかな、
という気もします。
回復するというのは、
本人にとっても周りの方にとっても、
尋常ではない苦労を要することのようです。
by fujiki (2009-04-18 08:32) 

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