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鼻からの胃カメラの功罪 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は産業医の面談に廻ります。

それでは今日の話題です。

今日は胃カメラの検査法の話です。

胃カメラの検査には、
現時点で2つの方法があります。

口から管を入れる方法と、
鼻から管を入れる方法です。

テレビを代表とするマスメディアでは、
鼻からの胃カメラが大々的に宣伝されています。
鼻からの胃カメラの方が、
ずっと楽で優れた検査だと言うのです。

ただ、こうした宣伝が行なわれるのは当然のことです。
宣伝をしているのは、
胃カメラの機器を開発し、
製造し、それを販売しているメーカーだからです。
純然たるコマーシャルではなくても、
医療に関する番組の多くは、
そうしたメーカーの提供で、
作られているからです。

こうした機器を購入するのは、
勿論医療機関です。
コマーシャルに影響された視聴者が、
医療機関を患者さんとして訪れ、
新しい器具や装置についての疑問を、
医者に話します。
それは概ね、
「ああした器具がある話を聞いたのだが、
どうしてここにはないのですか?」
といったニュアンスになります。

それを聞いた医者には不安が生じ、
そこにメーカーが、
「今なら月々これだけのご負担で、
ご利用が可能ですよ」、
といった宣伝に訪れるので、
それではうちでもやってみようか、
という流れになる訳です。

新しい治療法や治療診断のための器具が、
このようにして広まることを、
決して悪いことだとは僕は思いません。
ただ、ここには幾つかの問題点があることも、
忘れてはいけません。

鼻からの胃カメラに関して言えば、
その1つはこの方法が、
本当に口からの胃カメラよりも、
患者さんにとってメリットの大きなものか、
ということで、
もう1つは診断能に関して、
従来の方法に対して、
劣った点はないのか、
ということです。

胃カメラの歴史をざっと紐解きますと、
開発当初の胃カメラは、
その管の太さも太く、
患者さんにとって苦痛の大きな方法でした。
それを施行する医者の側にとっても、
小さな穴から覗き込んで操作をするので、
どうしても死角が生じ、
胃の全体を見ることの出来る、
バリウムの検査に比べて、
却って見落としは多かったのです。
その後技術の進歩によって、
術者が直接覗くのではなく、
画像がモニターに映されるように改良され、
そのカメラとしての性能は、
格段に向上。
現在ではハイビジョン画質で、
胃の粘膜の詳細な状態が、
チェック出来るまでになりました。
ライトの光量も豊かになり、
視界は広がり、
見落としの率は格段に減りました。
管の太さも、
開発当初から比べれば、
随分と細いものになりました。
胃カメラの診断装置としての性能は、
ほぼ完成の域に達したのです。

ただ、問題は患者さんの苦痛でした。
それを改善するために、
セデーションという、
苦痛緩和の技術が使われるようになりました。
要するに、麻酔薬に近い薬を使用し、
患者さんが眠っているか、
それに近い状態で、
苦痛なく検査が受けられるようにしたのです。
使う薬も様々で、方法も様々です。

しかし、勿論薬を使わずに楽に検査が出来れば、
それに越したことはありません。
そのために、管をうんと細くして、
耳鼻科の内視鏡のように、
鼻からのカメラで胃の中も観察しようと、
考えた訳です。
鼻の穴を通すには、
口からの胃カメラよりも、
かなり細い管が必要です。

ここで注意して頂きたいことは、
それまで徐々に性能を上げ、
それから同じ性能のままでより細い管の製造へ、
という工程を歩んできた胃カメラが、
その方針を転換させた、
ということです。
患者さんの苦痛が軽減されるだろう、
ということを優先させ、
一気に管の太さを従来の半分にしたのです。

でも、ここで当然の疑問があります。
急に管の太さを半分にして、
それで機能上の弊害が生じないかと言うことです。

通常口からの胃カメラが直径9ミリ程度で、
鼻からの胃カメラは直径5ミリ程度です。
面積で考えると、
ほぼ4倍の違いになります。
その中に果たして同じ機能が詰め込めるものでしょうか。

鼻からの胃カメラをお薦めになる先生は、
概ね同じ診断能と機能だと言われています。

ただ、現状はまだ口からの胃カメラに比べると、
視野は狭く、光量も乏しいことは、
間違いがありません。
要するに、一時代前の口からの胃カメラと、
同じレベルの機能ということになる訳です。
従って、特に熟練されていない医者が行なうとすれば、
検査自体での病気の見落としが増えるということは、
充分に考えられます。
現時点でそれほどのデータが集積されている訳ではありませんが、
それでも鼻からの胃カメラで、
見落としが多かったという報告は、
散見されますし、
それほどの差はなかったという報告はあっても、
鼻からの胃カメラの方が、
より優れていたという報告はありません。

今後更に技術開発が進めば、
鼻からの内視鏡でも、
解像度や性能に差がなくなることは、
充分に考えられます。
ただ、現時点ではまだ過渡期の技術であり、
施設によってもその技術レベルには、
かなりの差があるものなのに、
そちらの方が絶対に良いような宣伝がなされ、
強引に導入が進んでいくような現状は、
僕にはちょっと抵抗があるのです。
勿論現時点で海外でも、
鼻からの胃カメラの方が、
スタンダードである、
などという事実はありません。

鼻からの胃カメラが可能性のある技術であることは、
僕も否定はしません。
鼻からの胃カメラを使用した方が、
苦痛の少ない患者さんのいることも、
間違いのない事実です。
しかし、口からの胃カメラの方が、
安全に検査の出来る患者さんのいることも、
また事実ですし、
診断能については、
全く同等ではないことも、
また事実です。
ですから、
現時点では専門機関での使用を積み重ね、
同一の診断能での検査が可能であることが、
確認された時点で初めて、
熟練した医者の使用に限って、
普及が図られるべきではないか、
と考えるのです。

僕は基本的な方針として、
薬剤でも検査でも、
新しいものに安易に飛びつくことはせず、
その功罪を見極めた上で、
安全性と効果の確認されたものに限って、
採用する方針を取っています。

鼻からの胃カメラ検査が、
たとえば口を開くことの困難な患者さんにとって、
必要性の高い検査であることは間違いありません。
しかし、多くの患者さんにとっては、
必須というほどのものでもありません。
それが「検査が楽な筈だ」というニュアンスだけで、
一部企業の利潤のために強引に普及させられてゆく実情は、
ちょっと問題があるように思えてなりません。

皆さんはどうお考えになりますか。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 2

高瀬

はじめまして。

内視鏡と鎮静について検索していた中で辿り着き、お返事頂けたらと思いコメントさせて頂きました。
さて、先生が書かれているように、経鼻か経口か選択できるクリニックは増えたと思います。ですが、私が調べた限り、意識化鎮静法でやる場合はほぼ100%経口ではないでしょうか。
意識化鎮静法で、なおかつ経鼻でやるクリニックって、なぜ無いんでしょうか。法律?学会ガイドライン?何かで、「意識化鎮静法では経鼻でやってはいけない」という決まりでもあるのですか。


私は、経鼻のデメリットは理解しますが、抵抗がありますから、負担の少ない経鼻と、負担を減らす鎮静が合わされば良いのにと単純に思います。もし意識化鎮静法を実施する施設で経鼻をお願いした場合、断られるものなのでしょうか。

長々と質問してしまい申し訳ありません。結構真面目な疑問です。もし宜しければ、お返事頂けたら大変嬉しく思います。
よろしくお願い致します。
by 高瀬 (2015-06-30 20:36) 

fujiki

高瀬さんへ
これは原理的に鼻から管を入れて鎮静すると、
窒息などのリスクが増加するので、
困難だと思います。
鎮静により舌根が沈下して、
気道が狭くなるのに、
その場所に管を通しているのですから、
危険だと思います。
もし問題ないと言われる医療機関があれば、
その方が問題だと思います。
by fujiki (2015-07-01 08:07) 

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