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「抑肝散」の話 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

東京はひどい風と雨です。
今日は心療内科の専門外来と、
栄養指導、ダイエット外来の日です。
朝からカルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

抑肝散という漢方薬があって、
最近「認知症」に効果がある、
と報道などでしばしば取り上げられています。

最近では、
大学の研究者が、
「抑肝散」に脳の神経細胞死を抑制する効果がある、
との発表をし、
一部のメディアで大きく報道されました。
培養した特殊な神経細胞を用い、
培養液の中に「抑肝散」を加えた方が、
細胞死が抑制されたのだそうです。
神経細胞が死ななければ、
認知症は進行しないだろう。
この薬は神経細胞を死に難くする作用があるのでは、
ということのようです。

これは素晴らしい発見だ、
科学の進歩で漢方薬の効くメカニズムが解明されたのだ、
科学万歳、漢方万歳、
という論調です。

そんなに素晴らしい発見なのでしょうか?

僕は全くそうは思いません。

それどころか、ちょっと笑ってしまいます。

培養液の中に、どうやって「抑肝散」を入れたのでしょうか?
本来人間が飲まないと効かない薬を、
培養した細胞の周りにたらしたりして、
この学者先生は、
一体何を証明したことになるのでしょうか?

そもそも、漢方薬というのは、
木の根と葉を混ぜたようなものなのです。
その材料を何処産の植物から取ったからと言って、
それだけでも効果が変わったりするものなのです。

別の言い方をすれば、
「抑肝散」という厳密な実体がある訳ではないのです。
伝統的な生薬の、
ある種のレシピのような配合法が存在するだけの話です。

たとえば、
鯖を食べると動脈硬化が進み難いということを、
立証するとして、
血管の細胞の周りに鯖のすりおろしを撒き散らして、
その効果を見たりするでしょうか?
勿論そんなことはしません。
鯖の成分を分析して、
たとえばその中のある種の油の成分に、
抗動脈硬化の作用があるものと推定、
それを抽出精製して、
培養液の中に添加する、
といった方法を取る筈です。
「抑肝散」を培養液に入れた、
というのは、
鯖を丸ごと入れたに等しいのです。
鳴り物入りで報道された研究が、
実は如何に馬鹿馬鹿しい実験かが、
これでお分かり頂けるのではないかと思います。

そもそも漢方薬は何故効果があるのでしょうか?

この質問に対する明確な答えは、
現時点では世界の何処にも存在しません。

所謂薬というものは、
分析化学的な手法で、
ある病気に有効な物質を分析抽出し、
その作用を実験で検証した上で、
人間に使用している訳です。
時にはこの構造にはこうした効果がある筈だ、
と仮定から物質を探索し、
それを自然界から見つけ出すこともあります。

漢方薬、たとえば抑肝散に、
認知症に対する効果があるとすれば、
そこには合理的なメカニズムが存在する筈だ、
と考えます。
それならばその効果を出す物質が、
その抑肝散の中に含まれている筈です。
それは1つかも知れませんし、
幾つかの物質の相互作用かも知れません。
いずれにしても、その物質を分析し、
抽出精製して、
それから実験に取り掛かる、
というのが、通常の段取りです。

本来は今回の研究でも、
そうした段取りが踏まれてしかるべきです。

しかし、実際にはそうではなく、
「抑肝散」そのものが、
不純物だらけの植物のエキスが、
丸ごと使われているのです。

何故こんな、小学生の夏休みの宿題並みの、
幼稚な実験を行なったのでしょうか?

それは成分を抽出して実験をしても、
思わしい結果が出なかったからだと、
推測されます。

このことが、
漢方薬の効果の特徴なのです。
1つ1つの成分を分析しても、
効果はあまりないのに、
実際にそれを薬として用い、
その使い方が適切なものであるならば、
時に画期的な効果があるのです。

口の悪い人は、
漢方薬はプラシーボ効果だ、
と言います。

プラシーボ効果とは、
たとえばよく効く胃薬と信じて、
ただのうどん粉を丸めたものを飲むと、
時として本当の胃薬以上の効果を持つことです。

ただ、僕は漢方がそれだけのものとは思いません。
そしてそれは、
理屈ではなく、臨床の経験と、直感的な理解です。

しかし、その実体を通常の分析的な方法で、
証明することは出来ないのです。

「抑肝散」とはどんな薬でしょうか?

「抑肝散」は7種の生薬を混ぜ合わせた薬です。
病気が慢性化した時に使う、
柴胡という生薬が入っていて、
柴胡剤と言われる薬の1種です。
これがポイントの1つです。
それから、釣藤鈎というちょっと特殊な生薬が入っています。
これがもう1つのポイントです。

この薬の大元は、
中国の明の時代の小児科の本である、
「保嬰撮要」という古典です。
要するに元々は子供のための薬なのです。
比較的虚弱で、夜泣きし易く、怒りっぽく、
ピリピリとしているような子供に使います。
親が自分の子供と一緒に飲むと、
より効果があると書かれています。
後に日本で工夫されたお腹の所見としては、
左側の腹筋が縦に緊張しているのが、
特徴とされています。

この薬が認知症に使われるのは、
虚弱で怒りっぽくピリピリしている様子が、
一部の認知症と共通する要素があるからです。
西洋医学かぶれの教科書の類には、
色々と偉そうなことが書かれていますが、
実体は単純にそれだけのことです。
アセチルコリンとどうするとか、
セロトニンをどうするとか、
お題目は色々ありますが、
その根拠は上に挙げた、
小学生レベルの実験と、
あまり変わるところはありません。

僕が現時点で一番危惧しているのは、
患者さんの状態を、
じっくりチェックすることなく、
漢方の原理に無知で無理解な医者の手で、
抑肝散が大量に使われ、
重篤な副作用を起こすのではないか、
ということです。

以前小柴胡湯という薬が、
肝臓病に無雑作に使われ、
間質性肺炎という重篤な副作用を頻発しました。
原因ははっきりとは分かっていません。
漢方を専門とする、
西洋医学畑でない医者の大多数の意見としては、
合わない体質の人に無知な医者が多用したためだ、
という考えが一般的です。
漢方薬は決して副作用のない薬ではありません。
そして、「抑肝散」も小柴胡湯と同じ、
柴胡剤の一種です。

同じような副作用が起こらないと確約することは、
誰にも出来ないのです。

僕自身は抑肝散が認知症の特効薬だとは、
決して考えていません。
漢方薬とは何かの特効薬ではなく、
誰かの特効薬だからです。
病気のための薬ではなく、
人間のための薬なのです。
病気の種類で人間を区分し、
同じ薬を使うという、
乱暴な考えには馴染まないのです。
西洋医学の括りでは、
同じ「認知症」という病名であっても、
個々の患者さんの体質によって、
使う薬が違うのです。

ですから、病気という幻想には捉われずに、
その患者さんに最も合った薬を選ぶこと、
それが漢方を処方する医者の、
最低限のモラルなのだと、
僕は思っています。

「認知症に効くという話だから、
抑肝散でも出してみましょうか」
などと言う医者から、
漢方薬をもらってはいけません。

今日は漢方薬の基本的原理についての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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