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ストメリンDという薬の話 [仕事のこと]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診の整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

まず事例をお示しします。

患者さんはGさん。
50代の男性です。
15年以上前から、
気管支喘息のため、
ストメリンDという名前の、
喘息の吸入薬を使っていました。
これは喘息の発作の時に使う薬です。
気管支を広げ、発作を抑えます。
ただ、吸うと呼吸がすぐに楽になるので、
どうしても乱用し易くなるのが欠点です。

Gさんも1日3回までという指示を守らず、
時には1日20回以上この薬の吸入を続けていました。
予防的な飲み薬も一緒に処方はされていましたが、
飲んでもあまり効果のない気がするので、
時々しか使っていませんでした。

そんな生活が数年続き、
Gさんは次第に体重が増えて来ました。
お腹が出っ張り、ズボンのベルトがきつくなります。
顔の皮膚は赤くなり、
ざらついて脂が浮きます。
頭髪は目に見えて後退しました。
手足の皮膚は薄くなって、
ちょっとぶつけただけで、内出血を起こします。
太って横隔膜が上がると、
息切れはし易くなります。
軽い喘息の発作でも、
以前より苦しい感じが強くなり、
そのために吸入を使う回数は更に増えました。

同じ頃に健康診断を受けると、
高脂血症と軽い糖尿病と言われ、
血糖とコレステロールを下げる薬も飲むようになりました。
薬を飲んでいても、
どうも体調は良くなりません。
それどころか、急に尋常でないだるさがGさんを襲い、
吐き気やめまいもあって、
仕事に行けなくなるようなことが、
しばしばあります。
血圧はむしろ低めです。
会社の同僚に相談すると、
うつ病ではないか、と言われましたが、
Gさんは自分ではそうは思えません。
メンタルなものではなく、
身体の症状だという自信があったのです。
風邪の治りも悪く、
おしっこの感染を繰り返して、
高熱が出たりの症状もありました。

不安に思ったGさんは、
喘息と血糖の薬をもらっていた医者を代え、
総合病院を受診しました。

相談を受けた総合病院の呼吸器内科の主治医は、
喘息の吸入薬の副作用で調子が悪いのだ、
とGさんに説明し、
すぐにストメリンDという吸入薬を止めるように、
と言いました。
代わりに出たのが、
セレベントという吸入薬と、
フルタイドという吸入薬です。
Gさんはそのアドバイスを信じて薬を変えましたが、
喘息はむしろ悪化したような気がします。
それから1ヶ月ほど後、
仕事で残業をした後のGさんは、
これまでになかったような酷いだるさを感じ、
吐き気とめまい、高熱に襲われました。
それまでのだるさとは比較にならないほどの重い症状です。

一体Gさんに何が起こったのでしょうか?
Gさんの体調不良は、
本当に吸入薬の副作用だったのでしょうか?
もしそうだとすれば、
薬を中止したのに、
どうして症状は逆に悪化したのでしょうか?

皆さんはお分かりになりますか?

実はストメリンDという吸入薬は、
気管支拡張剤とステロイドの合剤なのです。
その1吸入の中には、デキサメサゾンという強力なステロイドが、
50μg 含まれています。
この量はおおよそプレドニゾロンの0.5mg に相当します。
これだけみると非常に少量ですが、
1日20回以上使っていれば、
1日10mg のプレドニゾロンを飲んでいるのと、
同じことになってしまいます。

この薬の問題点は、
吸入薬であるのに、
身体に入ると飲み薬とほぼ同じように、
吸収されてしまうということです。
従って、Gさんはプレドニゾロンを、
毎日10mg 飲み続けているのと、
同じことをしていた訳です。

その状態が何年も続けば、
ステロイドの副作用が全身的に表われて来ます。
薬の影響で、人為的にステロイドの過剰状態になったのです。
これを「医原性クッシング症候群」と呼んでいます。
クッシング症候群というのは、
何らかの原因で過剰にステロイドが分泌される病態のことですが、
それが薬の副作用として起きた訳です。

体重が増えたのも、
糖尿病や高脂血症も、
全てステロイドの過剰による全身症状です。
ただ、だるさと吐き気とめまいについては違います。
これはステロイドの足りなくなる、
「副腎不全」による症状なのです。

ステロイドが多過ぎるのに、
どうしてステロイドの足りない症状が出るのでしょうか?

それは身体の副腎から自然に出るステロイドと、
人工的に身体に入る薬としてのステロイドとは、
その効き方が違うからです。

自然に出るステロイドには、
「電解質コルチコイド作用」と言って、
塩分を身体に溜め、
血圧を保つような働きがあります。
しかし、デカドロンのような人工のステロイド剤は、
炎症を抑える効果は強い反面、
血圧を保つ働きは殆どないのです。

デカドロンは飲んだ人間の、
自前の副腎の働きを強力に抑えるので、
これをある程度の量のみ続けていると、
副腎を刺激するホルモンは殆ど出なくなり、
刺激を全く受けなくなった副腎は、
次第に萎縮して小さくなってしまいます。

そうすると、「電解質コルチコイド作用」はなくなってしまうので、
たとえ身体に強いストレスが掛かっても、
血圧を上げることが出来なくなってしまうのです。
これが副腎不全によるショック症状です。
最後にGさんが酷いだるさと高熱に襲われたのは、
副腎不全のショックになったのです。
副腎が萎縮していて、
元々ショックになり易い状況であったのに、
呼吸器内科の主治医が安易にステロイドを中止したため、
却って副腎不全が悪化したのです。

呼吸器内科の主治医は、
ストメリンDの中のステロイドが、
良くないことは知っていたのですが、
それを急に止めた時のリスクには、
頭が至らなかったのですね。

人間を苦しめるのは、
結局は無知なのだという実例です。

それでは、こうした場合、
どういう対応を取れば良かったのでしょうか?

ストメリンDは中止すべきだったのですが、
Gさんはかなり吸入に依存している状態でもあり、
徐々に減量していった方が良かったと考えられます。
それと並行して、
ステロイドの補充療法を行ないます。
ハイドロコルチゾン(商品名コートリルなど)は、
身体から出ているステロイドと基本的に同じもので、
弱いながら「電解質コルチコイド」作用もあります。
この薬を1日30mg くらいのやや多めの量から開始して、
徐々に減量。
それから15mg くらいにしてだるさが出なければ、
1日おきにします。

問題は萎縮した副腎が回復してくれるかどうかです。
これは飲まない日のステロイドを血液で測ったり、
ステロイドの刺激ホルモンを注射してその反応をみたりして、
戻って来ているかどうかの、
大体の当たりを付け、
慎重に飲まない日を増やして行きます。
ただ、検査データを信用し過ぎて、
早めに中止すると、
しばらくしてショックを起こすケースがあるので注意が必要です。
人間の身体は、
結構データ通りにはいかないものなのです。

喘息でステロイドの吸入をされている方は、
上の説明で御不安を持たれるかも知れません。
ただ、現在一般に使われている喘息の吸入ステロイド剤は、
ベクロメタゾンなどの成分で、
デカドロンとは別物です。
商品名はフルタイドとか、キュバールとか、
色々です。
このタイプの薬はすぐに肝臓で分解され、
全身に殆ど影響を及ぼさず、
副腎不全を起こすことも、
極めて稀だと言われています。
その点はご心配されないようにお願いします。

実は診療所の外来で、
現在1名ストメリンDを使われている患者さんがいます。
前医の処方で依存の状態になり、
本人の不安も強いので、
徐々に減量を進めているところです。
幸い副腎不全の傾向はないので、
ステロイドの補充はしていません。
こうした薬の変更は、
正しいことは分かっていても、
言うは易し、行なうは難しの面がありますね。
こうして記事にした以上、
僕自身も日々の診療で心に刻みます。

今日は「医原性クッシング症候群」と、
「副腎不全」の話題でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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コメント 8

tanico

ここまで何度も読み返して、納得しつつ、大げさに取られるかもしれませんが、感動しながら読ませて頂きました。

ここまで色々手探りでやってきたので、非常に不安だったのですが、どういう事が起きているかわかってきて、かなり安心することがわかりました。

無知が人も動物苦しめるということを、私も痛感しています。
本当にありがとうございます。
by tanico (2009-02-20 09:15) 

fujiki

tanicoさんへ
少しでもご参考になれば、
それに勝る喜びはありません。

これからもよろしくお願いします。
by fujiki (2009-02-20 19:07) 

aco

初めまして。突然のコメント失礼します。
私は薬局で働く薬剤師ですが、ストメリンDを過剰使用される患者様がおりとても心配しておりました。こちらのGさんほどではありませんが、1日10回以上を10数年続けておられたようです。
内服しても活性のあるステロイドを吸入するわけだから、吸入した時に消化管から吸収されるステロイド量のデータがあるとステロイドによる副作用が考えられる量がわかりやすいと思って聞いたのですが、当時のMRにデータは無いと言われました。
そもそも、内服ステロイドからの離脱を目的とした薬剤なので長期間の過剰投与は想定外であるとの事でした。(なので、副作用例の文献も無いといわれました…)


フルタイドでは吸入した場合の薬剤の移行率(消化管へ○○%、気管支へ××%、口腔内への付着△△%といったもの)を確認できたんですが、ストメリンDにもそのようなデータがあるのでしょうか?
もしご存じならお教え頂けるとありがたいです。

by aco (2009-04-08 15:12) 

fujiki

acoさんへ
手持ちの資料では移行率は分かりません。
2005年にストメリンDによる医原性クッシングの文献が出ていて、
そこには「移行率は不明」と書かれています。
まともな内分泌内科教室の文献なので、
多分一通りの検索はしたと思われ、
しっかりとしたデータはないのではないか、
と推測されます。

ただ、1日6回程度の使用でも、
長期には副腎不全が生じた、
との報告もあり、
どうも想像以上に腸管からの吸収が多い薬のようです。
(ただ、通常申告より患者さんは多く使っていることが常だと思います)

以前は喘息にじゃんじゃんステロイドを使用していた歴史があり、
この薬の発売の時には、
減量に結びつく意味合いはあったのだと思います。

ですから、基本的には100パーセント近く血液に入る、
との判断をした方がよさそうです。

僕の使用している1名の方は、
徐々にフルタイドに移行を図り、
今は1日1~2回程度の使用に留めています。

この薬の問題は短期作用型のβ2刺激剤との合剤だと言うことで、
これでは過剰に使え、と言っているような薬だと、
言われても仕方のない面があります。
「合剤」というのは、決して良い薬ではないですよね。
今流行りのアドエアも、
僕にはあまり良い薬とは思えないのです。
by fujiki (2009-04-08 16:44) 

aco

早速のお返事ありがとうございました。

>以前は喘息にじゃんじゃんステロイドを使用していた歴史があり、
>この薬の発売の時には、
>減量に結びつく意味合いはあったのだと思います。

全くその通りだと思います。
喘息治療のスタンダードが当時とは変わってしまった現状では
ストメリンDを使うメリットはあまり無いんじゃないかと思うんですよね。

「合剤」に関しては、実際にコンプライアンスが改善した例もあったので
アドエアにも利点はあると思います。
ただ、ストメリンDにしてもアドエアにしても、
漫然と無制限に使われる事が一番怖いように感じます。
by aco (2009-04-10 12:53) 

Shijimi

はじめまして。
私もストメリンDを20年近く処方してもらっております。
副作用について気になったのですが、頭髪の後退とありましたが脱毛との因果関係はあるのでしょうか?
貴殿のコメントを読ませていただいて心配になりました。
当方全くの素人なのでわかり易く解説いただければ幸いです。
by Shijimi (2009-07-20 14:38) 

fujiki

Shijimi さんへ
コメントありがとうございます。
ストロイドの過剰により、
脱毛が生じることはありますが、
必ずという訳ではありません。
その場合は生え際の後退や、
眉毛の脱毛の来ることが多いと思います。
通常量のストメリンDの使用では、
まずそのご心配はないと思います。
by fujiki (2009-07-20 17:08) 

ストメリン

第2のコロナ治療薬認定 「デキサメタゾン」とは?
7/22(水) 19:48
配信
13
テレビ朝日系(ANN)

All Nippon NewsNetwork(ANN)
 新型コロナウイルスの国内第2の治療薬として「デキサメタゾン」が認定されました。厚生労働省は重症患者の治療に効果が期待できるとしていますが、どんな薬なのでしょうか。

 世界も大きな期待を寄せています。厚労省が新型コロナウイルスの治療薬として新たに認めたデキサメタゾンです。5月に特例で承認した「レムデシビル」に続き、2つ目の治療薬になります。
 実はデキサメタゾンはすでに、国内の医薬品メーカーも製造しています。ぜんそくや肺炎などの病気の治療に広く使われていて、炎症を改善する作用があるといいます。その薬が新型コロナウイルスの治療でも効果を期待できると発表したのがイギリスのオックスフォード大学の研究チームです。人工呼吸器が必要な重症患者にデキサメタゾンを投与したところ、死亡率は40%から29%に下がったといいます。こうした研究結果を受け、厚労省はデキサメタゾンを「診療の手引き」に新たに掲載。重症の患者の治療に効果を期待しています。
 一方、同じ重症患者向けの治療薬「レムデシビル」は新しい薬で供給量に課題がありました。広く普及しているデキサメタゾンは新型コロナ治療で十分な供給量を確保できるのでしょうか。国内の製造メーカーは…。
 デキサメタゾンを製造する「日医工」:「新型コロナウイルス治療での必要供給量を見ながらになりますが、十分供給できる体制にあります」
by ストメリン (2020-07-23 00:42) 

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