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「せん妄」になる薬 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
カルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。

それでは、今日の話題です。

「せん妄」の話をします。

「せん妄」というのは、
意識障害の一種で、
医療現場のみならず、
多分どんな方でも一生のうちには、
無関係であり続けることは困難な、
精神状態の名前です。

ただ、定義するのは非常に難しい言葉ですね。

医療関係者でも、
よく意味が分からず使っているケースが、
結構あるのではないかと思います。

まず、1つの実例をお示ししましょう。

僕がある病院で担当した、
脳炎の患者さんのケースです。

患者さんは50代の男性で、
激しい頭痛と高熱とで、
病院を受診され、
脳炎か髄膜炎を疑われて、
即日入院となりました。
仮にBさんとしましょう。

外来を受診された時には、
Bさんの意識ははっきりされていました。
お名前も言えましたし、
症状も、興奮はされていましたが、
「頭が割れるように痛い」、などと、
明確に話されていました。

ところが…

個室に入院され、点滴の治療が始められた、
その夜のことです。

Bさんは急に興奮して叫び声を上げ、
「俺をどうする気だ」、「殺される」などとがなり立てると、
点滴の管を自分で引き抜き、
血塗れになりながら、
病室の外へ出ようとしました。

奥さんが止めても、奥さんの顔さえ分からないようでした。

その夜は仕方なく鎮静剤を打って、
眠って頂きました。

翌日もBさんの意識の状態は不安定で、
落ち込んだ様子で黙り込んでいるかと思うと、
急にまた興奮して、
「ここから出せ、この野郎」、などと叫び、
暴れだします。
死んだ父親が天井に張り付いて自分を見ている、
などと真顔で話すこともあります。
「妙な家だなここは。柱が全部歪んでるじゃないか」、
などとそんなことも言います。

それでいて、麻痺などの身体の症状は、
特に見られないのです。

治療は続けられ、
Bさんの脳炎は快方に向かいました。

すると、ある時からBさんの症状は、
取り憑いた何かが離れたように、
急に改善したのです。

退院の時のBさんは、
全く普通の状態に戻っていました。
自分の名前も言えましたし、
そこが病院で、自分がそれまで入院していたことも理解していました。
興奮されることもなく、
幻覚も消えていました。

これが、「せん妄」です。
入院の異常な状況のストレスと、
脳炎による脳機能のバランスの崩れが、
一時的にBさんを「せん妄状態」にしたのです。

ひどい時の症状だけを見れば、
統合失調症のような精神疾患にも見えますし、
認知症の進行した状態のようにも見えます。
しかし、症状が出現する時も急激なら、
その原因が取り除かれれば、
その回復も速やかで、
通常は後遺症を残すこともありません。
逆に言えば、
状況さえ揃えば、
どんな人でも「せん妄状態」になり得るのです。
その意味で、「せん妄」は、
僕たち全員にとって、
極めて身近な病態なのです。

「せん妄」の原因は様々ですが、
多くの統計で1割か2割は必ずあると言われるのが、
薬の副作用としての、「せん妄」です。
特に高齢者ではその比率は高く、
認知症や精神疾患に、
誤診されることが多いのです。

原因として比較的多いのは、
パーキンソン病の薬です。
これは脳の中のドーパミンというホルモンを増やす薬なので、
何となく効き過ぎれば、興奮したり、幻覚を見たりはしそうだな、
という想定は出来ます。
ただ、通常神経内科の専門医に処方されることが多く、
効き過ぎには注意しながら使うので、
問題になることは意外に少ないと思います。

問題はむしろ、普通そうした脳への作用など、
起こし難いという先入観のある薬ですね。

その中で時々問題になるのが、
H2ブロッカーという胃薬です。
シメチジン(商品名タガメットなど)がその代表で、
CMでも御馴染みのガスター(一般名ファモチジン)にも、
その報告があります。

何故胃薬で、「せん妄」が起こるのでしょうか。

H2ブロッカーは、ヒスタミンという物質の作用を、
ブロックする薬です。
ヒスタミンは、アミノ酸が分解されて出来る物質で、
身体の中で実に多くの働きをしています。
その働きの中には、未だに不明のものもあります。
ヒスタミンの作用の1つとして、
胃酸の出を刺激する作用があり、
それを抑えることで、
胃薬としての効果があるのです。

しかし、実は脳の中でも、ヒスタミンは働くのですね。
「覚醒アミン」と言って、睡眠と覚醒との、
コントロールにある種の働きを持っている、
と言われています。

実は、「せん妄」が何故起こるのかは、
まだはっきりとは分かっていません。
しかし、大雑把に言って、
睡眠と覚醒に影響する薬は、
全て「せん妄」の原因となるのです。

本来、H2ブロッカーは脳へはあまり移行しないので、
脳には影響しない薬の筈なのですが、
高齢者ではその常識が通用しないのですね。

そして、身体に蓄積した胃薬が、
おそらくは内臓機能の低下で過剰な状態となって、
脳に作用し、
「せん妄」の原因となるのです。

1人暮らしのお年寄りが、
急に興奮したり自分の家が分からなくなったりして、
てっきり認知症だと思われて医者でもそう診断されたのですが、
実は胃薬が原因だった、
何ていう、笑えない話があるのですね。

僕にとっても、他人事ではありません。

明日は他の薬による、「せん妄」の話を続けます。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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