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「ガチフロキサシン」顚末記 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は水曜日なので、
診療は午前中で終わり、
午後は調布の方まで産業医の面談に廻ります。
雨が止んでくれるといいのですが。

それでは、今日の話題です。

「ガチフロキサシン」という薬があります。
商品名は「ガチフロ」。
正確には、「ありました」と言うべきかも知れません。
今年の9月30日を持って、
その内服薬としての製造販売は中止されたからです。

それほど多くはない、
日本で開発され、世界で使われた薬です。
ニューキノロンというタイプの抗生物質の1つで、
要するに細菌を殺す薬です。
それまでの薬より、
その構造を少し変えることにより、
他の抗生物質の効き難い、
耐性菌と言われる細菌による肺炎に、
特に効果があるのでは、
と期待されました。

日本製の薬ですが、
日本では規制が厳しくて、
薬を出すのに手間が掛かるのと、
「世界で使われています」、と言って売り出した方が、
売り上げもいいことが多いので、
まずアメリカなど、
日本以外で発売されました。
1999年のことです。

副作用も少なく、
評判は悪くありませんでした。
海外のデータも集まったところで、
2002年に日本でも発売されたのです。

販売する製薬会社の力の入り方は、
並みのものではなく、
僕の所のような小さな診療所にも、
「ガチフロを出して下さい」、
「ガチフロをどうぞよろしく」、と、
選挙応援のような勢いで、
毎日のように医療情報担当の方が、
お出でになりました。

発売後半年の売り上げも好調で、
医療情報担当の方も、
「近隣の先生の評判も上々ですよ」、と、
いささか余裕を持った口調に、
変化して行きました。
そこには暗に、
「乗り遅れないようにした方がいいですよ」、
というニュアンスが感じられました。

何度か書きましたように、
僕は新薬には慎重な立場で、
通常発売1年、早くても半年は、
処方しないで様子をみることが常なのです。

ところが…

日本発売1年後に、
緊急安全性情報が、
厚生労働省から出されました。

要するに、この薬による、
重篤な副作用の
報告が多く寄せられたのです。

それは原因不明の高血糖や低血糖でした。

海外でも報告はあったのですが、
頻度は不明でごく少数とのニュアンスが、
発売のパンフレットからは窺われます。
当然日本での発売の前には、
承認試験と言って、
患者さんに薬を使って、
副作用の有無を確認する訳ですが、
その時にも、
血糖の異常は、
全く報告はされていなかったのです。

大騒ぎになりました。

一時は販売中止か、
とも言われたのですが、
結局、糖尿病の患者さんには、
使ってはならない、との一文が付く形で、
発売は続行されたのです。

しかし、当然処方は減ります。
「危険な薬」、というレッテルが貼られた訳ですから。
そして、代用となる抗生物質も、
その後何種類も発売がされ、
多くの医者はこの薬を使うことを止めました。

2006年、今度はアメリカで発売が中止されました。
これは、端的に言えば売れなかったためで、
副作用のためではありません。

しかし、これで製薬会社としては、
この薬に見切りを付けた訳で、
遂に今年の9月一杯で、
この薬は日本から消滅することになったのです。

日本でのこの薬の寿命は、
たった7年で途絶えたのですね。

この事例は色々なことを考えさせますが、
その前に、何故抗生物質で血糖が上がったり、
また下がったりするのでしょうか。

実は、現時点では全く解明されていないのです。

「ガチフロキサシン」は、安全性の高い薬と、
考えられていました。

何故なら、身体の中で殆ど分解されずに、
速やかに尿の中に排泄される構造を、
取っているからです。
通常副作用の強い薬は、肝臓で分解される薬です。
肝臓に負担を掛けたり、
他の薬の分解を邪魔して、
他の薬の副作用を強くしたりもするからです。
従って、腎臓の機能が正常であれば、
安全に使える薬の筈でした。
実際、他の副作用は少ないのです。
それでいて、血糖だけが何故か急激に乱高下をするのです。

不思議ですね。

血糖が上がるだけなら、
まだ理屈は考え易いのです。
血糖を上げるホルモンを刺激するとか、
インスリンの出を悪くするとか、
インスリンの効きを悪くするとか、
色々な可能性を考えられます。

しかし、この薬は上げるだけでなく、
時に血糖を急激に下げるのです。
これがどうしても解せません。
血糖を上げる作用と、
下げる作用とは、
本来反対のものの筈だからです。
両方の副作用が同じくらい出る薬など、
常識的には考えられません。
しかし、現実にはその有り得ないことが起こっているのです。

ただ、文献を見ると、明らかに低血糖になる例の方が多く、
かつ薬を飲んでから、すぐに出現しています。
血糖の上がるのは、
どちらかと言えば、数日飲んでからが多いのです。
このことから、
この薬を飲むと、その初期には膵臓の細胞が刺激されて、
血糖を下げるホルモンであるインスリンが沢山出るので、
血糖が下がるが、
そのうちに膵臓の細胞が疲れて、
インスリンが出なくなるので、
血糖が上がる、
という推論が発表されています。

ただ、その証明は何もありません。

そうしたことが起こらないと断言は出来ませんが、
あまりに都合の良い説明のようにも、
感じられます。

いずれにしても、
この副作用の仕組みが分かれば、
血糖の調節のメカニズムの、
重要な発見に繋がるのではないか、
と僕は思います。

ただ、多分永久に分からないですね。
何故かと言うと、
薬が効くという研究には企業がお金を出しますが、
副作用の研究には、
誰も熱心にはならないからです。

この事例で思うことは、
他にも幾つかあります。

まず日本の新薬の承認時の検査の甘さですね。

ガチフロキサチンの低血糖の報告は、
海外では既に日本の発売前に出ているのです。
それなのに、日本での承認時の検査で、
血糖の異常の報告は1例もありません。
たまたまなかったのだ、と言えなくもないですが、
僕には構造的な問題があるような気がしてなりません。
日本で発売前の薬の副作用のチェックをする時、
協力する医師や機関は、
大体決まっているのです。
決まった病院で、決まった先生が、
次々と新薬の検査をする訳です。
その先生には、当然製薬会社から謝礼が入ります。
新薬発売の後には、
その先生は全国を廻り、
製薬会社の講演会でその新薬の素晴らしさを、
説いて廻るのです。

冗談みたいな話ですけど、
Aという薬が発売されると、
その先生が「これは今までにない、最高の抗生物質だ」、
みたいなことを話されます。
そして、その次の年、
今度はBという似たような新薬が発売されるでしょ。
全く同じ先生が、
今度はBの薬について、
「今までにない、最高の抗生物質だ」、
と平然と言われるのです。
そうした現場に、
僕は何度も立ち会っています。

こういう構造がある限り、
新薬が批判的に審査されることなど、
有り得ないのです。
そんなことをすれば、
その先生は飯の食い上げですからね。

それからもう1つの点は、
日本開発の薬というのは、
どうもこうしたトラブルが多い、
ということです。
技術は充分にある筈なのに、
詰らないミスでせっかくの新薬を台無しにするんですね。

これは、たとえば日本のロケットが、
まともに飛ばないのと同じような構造が、
根底にあるような気がします。

行政が日本発の発明を、
バックアップしてくれないのですね。
しかも研究者もお人好しで、
世界を市場にした競争に、
太刀打ちが出来ないのです。

新薬の開発も、
他の科学技術と同じように、
一種の戦争なのですね。

まだ言いたいことはあるんですが、
ちょっと長くなり過ぎましたので、
今日はこれで終わりにします。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。
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