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サリン中毒になる薬 [医療のトピック]

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

今日は胃カメラの日なので、
朝からカルテの整理をして、
それから今PCに向かっています。
お昼には4箇所往診に廻らないといけないので、
雨が止んでくれればいいのですが。

さて、今日の話題です。

サリンのような神経ガスや、
有機リン系と言われる農薬が、
恐ろしい薬物であることは、
皆さんもよくご存知と思います。

これらの薬剤は、
コリンエステラーゼという酵素を、
妨害することによって、
その恐るべき効果を現わすのです。

アセチルコリンは、主に自律神経に働く、
神経伝達物質です。
神経を刺激するために分泌されたアセチルコリンは、
役目を果たすと、
コリンエステラーゼという酵素の働きで、
速やかに分解されます。
ところが、サリンや農薬のような薬剤は、
そのコリンエステラーゼを阻害するのです。

それによって、余分なアセチルコリンが分解されず、
アセチルコリンの過剰な状態が起こります。

これを「コリン作動性クリーゼ」と言います。

放って置けば死に至る、
恐ろしい病態です。

ところが、これと同じ症状が、
一般に処方されているある薬を、
普通の量飲んでいるだけで、
起こることがあるのです。

それが、「臭化ジスチグミン」という薬です。
商品名は「ウブレチド」と言います。

この薬は、そのものずばり、
コリンエステラーゼの阻害剤なのです。
言ってみれば、サリンと同じ効果です。

では、何故そんな危険な薬が使われているのでしょうか。

それは、アセチルコリンが足りなくなったり、
その作用が減弱したりする病気があるからです。

代表的な病気が「重症筋無力症」ですね。
疲労により筋肉の力が落ちる難病で、
瞼が次第に落ちてくる、眼瞼下垂が特徴です。
これはアセチルコリンのレセプターの数が、
少なくなる病気なので、
アセチルコリンを増やすような薬が必要なのです。

それ以外に自律神経の働きが、
色々な原因で落ちることがあります。
多くは年齢により起こる、機能の低下ですね。
おしっこが出難くなる「神経因性膀胱」が、
その代表です。
ですからこの薬は、
泌尿器科で処方されることが多いのです。
それ以外に頑固な便秘に使われることもあります。

ところが、この薬は今までに、
報告されただけで180例以上の、
「コリン作動性クリーゼ」を引き起こしているのです。

次に代表的な副作用事例をご紹介します。

患者さんは60代の男性です。
うつ病で抗うつ剤などの投与を受けていました。
抗うつ剤は副作用として、
アセチルコリンの作用を弱めることがあります。
これを「抗コリン作用」と言いますね。
そのためにおしっこが出難くなり、
泌尿器科からウブレチド15mg の処方が始まりました。
これは、薬の添付文書に書いてある通りの、
一般的な使用法です。

ところが…

4日後より、意識がぼんやりとした状態になり、
5日後よりよだれが垂れ、
汗が流れ、吐き気と下痢、
腹痛も訴えました。
それから、急激な呼吸困難がおとずれ、
7日後に心肺停止となったのです。

そう、これが「コリン作動性クリーゼ」です。
アセチルコリンが過剰となると、
分泌が亢進するので、
唾液や汗や痰が増え、
腸の動きも亢進して激しい下痢になります。
それから筋肉の力が落ち、
呼吸不全や意識障害に至るのです。

瞳孔が針のように細くなる「縮瞳」と、
血液検査での「コリンエステラーゼ」の低下が、
検査上の特徴ですが、
それを見落とすと、
診断は難しいのです。

この事例では肺炎を疑ったため、
症状改善後に、再度ウブレチドが使用され、
再び同様の症状を引き起こしたのです。

特徴的なことは幾つかあります。

日本で認められている、普通の使用量で、
簡単に激烈な症状の出ることがあること。
それから、薬を飲み始めてから、
数日で病状が悪化することがあることです。

実はこの薬は、
海外では主に5mg の少量を、
それも症状のある時だけ使うような、
使い方がされているのです。
普通日本の薬の使用量の方が、
海外より少ないのですが、
この薬についてはそうではないのですね。

何か理由があったのでしょうが、
ちょっと奇怪ですね。

僕は、この薬は重症筋無力症以外には、
原則として使うべきではないと思っています。
あやふやな効果と比べて、
あまりにもリスクが高いと思うからです。

よく「自律神経を調節する薬」、とかと言いますね。
しかし、それは本当は恐ろしいことなんです。
自律神経というのは、
生命の調節の根幹ですからね。
それを安易に調節しようとすると、
ひどいしっぺ返しが待っているのです。

今日はそんな自律神経調節剤の、
恐ろしい副作用についての話でした。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。


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